2023年6月21日水曜日

さんぽニスト、旧東海道をゆく。其の十一

梅雨の中休み、急に思い立って東海道さんぽに行ってきました。前回ゴールの島田宿からのリスタートです。

島田を出ると、何はともあれ“越すに越されぬ大井川”です。
「大井川川越遺跡」(かわごえ、ではなく「かわごし」なんだってを横目に土手に出て、そして大井川橋の袂へ。

なんと長い。そしてなんと細い歩道。しかも足元左右から下が見えるじゃん・・・高所恐怖症にとって、本日最大の挑戦が今始まる!!(←大げさではなく、マジで)

風対策で帽子は脱いで握りしめ、目線はとにかく前。できるだけ欄干に近づかないように歩道の中央を、お尻ムズムズぞわぞわしながら進むこと約10分(!)、ようやく向こう岸、遠州へ。弥次さん喜多さん、俺、渡りきったよ!怖かったけどがんばったよ!!


土手を降りて向こう岸の宿場、金谷宿に入ろうというところで「ぽーーーーーっ」という汽笛が聞こえてきました。
そう、本日最大の目的が、大井川鐡道の新金谷駅で「きかんしゃトーマス」を見ることなのです!
だから島田宿の出発時刻もちゃんとそれに合わせて逆算しておいたのです(^^;


定刻10時38分、発車の汽笛が響く。あとはスマホの赤い動画撮影ボタンをタップするだけ――が、『本体の温度が上昇したためカメラ機能の一部は使用できません』というメッセージとともに唐突にカメラアプリが落ちました。トーマスは固まった笑顔でゆっくりこっちに近づいてくる。アプリは立ち上がらない・・・・「いってらっしゃーい」と手を振り見送るだけの私でした(号泣)。
興奮してたのかずーっとカメラ起動した状態で、しかも握りしめてたからなぁ。気温もめちゃくちゃ高かったし、それで熱暴走したんだろうなぁ。くっそー、よりにもよってこのタイミングで。いつか必ずリベンジしてくれる。待ってろトーマス(早く全線復活するといいね)。


そんな感じでややへこみ気味なメンタルのまま金谷宿を通過、JR金谷駅の脇から急激な上りが始まりました。
実は今回、大井川とトーマスのことばっかり考えてて、歩くルートのことをあまり考えてませんでした。アップダウンがありそうなことはある程度イメージしてましたが、まさかこんなに急勾配だったとは・・・
直線的に急勾配の金谷の石畳を上り(ふうふう)、直線的に急勾配の菊川の石畳を下り(はあはあ)、ようやく間の宿の菊川に入りました。うん、間の宿の必要性を痛感(笑)。

【間の宿菊川でのエピソード】
菊川の案内看板を見ていると、ショッピングカート押した腰が直角近くに曲がったおばあさんに声をかけられました(相変わらず「声かけられがち」な私)。
「どこから来たの」島田からです。「家は」東京です。
「あー東京・・・そう・・・だわね~」(方言なのか何なのか、半分ぐらいしか聞き取れず)
「(看板に書かれた昔の住人の名前を指しながら)・・・じろうで四代目・・・じろうは左さんずいで・・・が間違えて・・・」(さんずい・・あ「治郎」か。でも二郎さんちも次郎さんちも看板にないんだよなぁ)なるほど、四代は長いですね~。
「このあたりは、島田市・・・榛原郡だったかから」ああ、合併したんですね。
「こどものころは・・・歩いて・・・学校・・・バス・・・よ」(たぶん今は通学にバスが使えるけど昔は歩いてたってことかな)そうでしたかー、大変でしたね。
「・・・が・・・で・・・・ね」(いかんだんだん早口になってきた)そ、そうですねぇ(生返事)。
ではそろそろ先に進みますね。どうぞお元気で。「・・・ねぇ」(もう少し話し相手になってあげればよかったかしら・・・)【ここまで】

菊川を過ぎると今度は「小夜の中山」の峠道。まさかこんなに急勾配だったとは・・・(本日2度目)。舗装してあるので歩きにくいということはないけれど、それにしても急。
でもね、目に映る茶畑の景色がそれはそれは綺麗でね。息は上がるけど目には保養(^^;

1キロばかり上ってきただろうか。ようやく峠の頂点に。
峠の茶屋「扇屋」のおかみさんが出てきて、周囲の案内やこの先の道のことなど、いろいろと教えてくれました。おみやげものも売ってたみたいだけど、そんなことおくびにも出さず・・・商売っ気なさすぎだろうに(^^;

峠道はゆるゆると下っていきますが、おかみさんに言われてたとおり、沓掛というあたりから一気に下り斜面が急になります。その斜度のまま「二の曲り」というつづら折りも。よくぞこんな道作ったな、と妙な感慨を味わってると・・・。
写真を撮ってみるも、斜度って写真に残らないよね・・・。なんで、イメージ的にはさすがです!な広重の絵でも見てくれ。まんまこの感じだから→Wikipedia『東海道五十三次之内日坂宿

【二の曲りでのエピソード】
峠の茶屋あたりの案内看板に書かれてたとおり、このあたりは道幅といい斜度といい確かにここはクルマは無理だな、と思いつつ下ってたら、道の端っこに新しいタイヤ痕が。んー?なんだろ?と思いつつさらに下っていくと、100メートルほど下の視界が開けたあたりに、豪快に脱輪してる軽ワンボックスが。このクルマのタイヤ痕か。
若いおにいさんがタイヤ周辺でごそごそやってます。「あの・・・脱輪っすか?お手伝いできることあります?」って聞いたところ、なんでもこの急坂を上ろうとしてたら、急勾配すぎてエンジンストール(なんと。でもそらそうかという気も)、そのまま下がってきて脱輪したんだとか。ただ上手に(?)脱輪してるんで石をかませれば脱出できそうなんでダイジョブです、と。ホントか?と思ったものの、やたらにさわやかな笑顔でそう言われたんで信じることにしましょう。
おにいさん「地元の方っすか?」ぼく「いえ、東海道をさんぽしてて」おにいさん「へぇ、がんばってくださいね」ぼく「いえ、あなたこそがんばってください(おまえががんばれよ、の意)」。
無事に脱出できてたらいいのだけれど。つか、あの道上るのは無理よ。【ここまで】

国道1号の高架をくぐって県道を渡ると日坂宿に入ります。
にっさか、ってめっちゃ重箱読みっすね。個人的には「日」は「ひ」と読みたくなりますが(^^;


決して大きい宿場ではないですけど、穏やかな町の空気と往時をしのばせる建物・・・・いいっすね、ここ。フォトジェニックって言ったら失礼かもしれないですけど。

日坂宿を出ると、逆川沿いに掛川宿に向かって緩やかに下っていきます。
大半が県道(国道1号線の標識もあったので、バイパスができる前は国道だったとか?)で、ぽつぽつと建物があるだけなんで、キョロキョロとしながら歩いてても変化に乏しくて、なんと言うか、少しばかり退屈(失礼)。

それでもだんだんと家の数が増えてきて(逆に1軒あたりの敷地が狭くなる)、背の高い建物が見えてきて、町が近づいているなという実感。そして「七曲り」を経由して掛川宿のエリアに入っていく。

七曲りのようにカクカクと曲がるのは城下町のお約束ですよね。せっかくなので掛川城に寄り道しましょうか・・・あ、入場料取られるのか。天守閣(日本初の木造復元天守閣、だそうです)も見えたし、「四足門」のところでUターン(^^;


掛川と言えば『トシ、サッカー好きか?』だよなぁ、やっぱり。え?知らん?

日中かなり暑かったから、ちょっと疲れもあるかな。いや、まだ平気だよ、そう身体が言うので、先へ進みましょう。

日坂から掛川の区間と同様に淡々とした道を進んでいる感じだったのですが、間の宿原川周辺、それから袋井市に入って市街地に入ろうとする直前あたり、旧東海道には松並木が保全されていました。正直小田原の松並木より全然立派かと。

うんうん。これぞ旧街道だよね。いい気持ち~。

とか言って上ばかり見て歩いてますと、松の根っこが歩道のアスファルトを押し上げてて、それにつまづいて転ぶからな、気をつけなはれや。

袋井市役所の前を通過し、「東海道どまん中茶屋」という名前の観光案内所のとこから袋井宿に入ります。
そう、ここは日本橋から数えて27番目、京都三条から数えても27番目の宿場町。「どまん中」なのです。


ついに半分来たよ。いや、まだ半分しか来てないのか。
ちょいと複雑な感じではありますが、そろそろ帰らないと。「東海道の半分歩いた」という事実を胸に、今日はここまで。


【袋井駅でのエピソード】
帰りはぜいたくにも新幹線を使いましょう。駅員さんのいる窓口できっぷ買うのって超久しぶりだわ~。自販機なかったよね?
ぼく「東京都区内ゆきの乗車券、それから静岡から品川までの新幹線自由席ください」
駅員さん「はい、こちらカードの利用控えときっぷ2枚、乗車券と新幹線の自由席券です」
自動改札にきっぷを通して、熱海行きの在来線に乗り込む。「あれ?」何か違和感があるぞ。脳内で間違い探し・・・・。
アナウンス「次は掛川、新幹線ご利用のお客様はお乗り換えです」
あ!!!
新幹線のきっぷには間違いなく「静岡-品川」の文字。違うじゃーん(泣)。窓口で掛川って言わなきゃいなけかったのに静岡って言っちゃってたよ・・・(@_@)・・・・そのまま何事もなかったフリして静岡まで在来線で行きました、とさ。【ここまで】

今回の行程:島田宿~金谷宿~日坂宿~掛川宿~袋井宿。ランチは「扇屋」のおかみさんに教えてもらった「道の駅掛川」に寄り道して。ほかに食べられそうなところがまったくなかったので助かった。自然薯を使ったとろろ丼がものすごく美味くて元気出たぞ。おみやげは静岡駅の乗り換え(笑)で買ったお茶のクッキー。


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