2023年6月13日火曜日

大さんぽ。[そのよん]

[そのさん]からのつづき)ナイトセッションの話は長いよ。

着替えのために数分足を止めた後、再び歩き出すときに足全体が固まったような感触があった。想定(期待?)よりもかなり早いタイミングで「粘りモード」の時間帯がやってきてしまったようだ。
そうか、前半飛ばし過ぎというのも原因か。後悔先に立たず。

道沿いにラーメン店や牛丼店の看板がいくつも見える。晩飯の時間だし確かに空腹感はあるのだけれど、食欲がないというヘンな状態だ。それも体の疲労なのか。ゼリードリンクで補給。

うっすら明るさを残していた西の空も漆黒に変わった。ところどころの街灯とクルマのヘッドライトが歩道を照らすのみ。
カバンの中からヘッドマウントライトを取り出した。あ、電池切れてるがな。持ってて良かった予備乾電池(^^;
日が暮れた時点で帽子も脱いでたので、首から下げて足元を照らすスタイルで。

江ノ島みたいに「ずーっと見えてるのになかなか着かない」より、先の見通せない暗い中で足元見つつ一歩ずつ、ってのは悪くないんじゃないかな。そんなことを考える。まだポジティブね、俺。

ところが問題はその「一歩」
戸塚の大坂を下っている最中(箱根駅伝で言うところの9区に突入)、突如として一歩踏み出すごとに足裏から突き上げてくるような鈍痛が脚部全体に上ってくるように。
やはり下り坂での負担は大きい。

戸塚駅で東海道線を渡る跨線橋。上りは階段の角っこに土踏まずを押し付けながら「痛気持ちいい」を味わいつつ、下りはもはや足が出ない。おっかなびっくりだ。

戸塚駅

マラソン中継で、疲れの見える選手に対して解説者が「腰が落ちてる」と表現することがある。シロートのこちらは「ふーん」だったんだけど、今まさに自分にそれが起こってるんじゃないかと気づいた。
足元ばかり見ているせいか、姿勢が悪くなって、ちょっと腰が引けてるような感じに。となると当然足が前に出にくくなる(≒歩幅が狭くなる)。さらに腰回りにも負担がかかってくる。
足が痛くて歩幅が狭くなったから姿勢が悪くなった、のかもしれない。ニワトリか卵か。

スキーヤー的感覚だと“骨盤が寝てる”――チカラがちゃんと脚に伝わらない状態。
姿勢を意識しつつ歩みを進めるも、一気に推進力を失ってしまったようだ。

21:00、東戸塚あたりで初めて「お仲間」に追い抜かれた。目に見える目標ができても、追おう、追える、そういうマインドが出てこない・・・。

追い打ちをかけるように「マメ・靴ずれブロック」の中に(!)マメができたようだ。これも歩き方の影響かもしれない。脚全体の鈍痛に加えて、踏み出すごとのピリっという特に右足カカトからの痛みにも耐えなくてはならない。基本M気質なんですが、痛いのは苦手。

そしてその状態で迎えるのがかの権太坂。
クルマで走ったときにも思ったんだけど、権太坂は箱根2区よりも復路の9区のほうが厳しいと思うのね。とにかく上りが長いのよ。その長い坂を推進力を失いつつある足で、ひょこひょこと少しずつ進む。

「坂のいちばん上にある第3チェックポイントに着いたら休もう」、それだけを考えて。


【21:29 CP3横浜市児童遊園地 54km】


夜の児童遊園地は真っ暗で入口にはチェーンがかけられている。イベントそのものが中止なのだから考えてみればあたりまえなんだけど、そのあたりまえのことが考えられてなかった。
「ここで休めない」という事実にただ打ちのめされた。

休む場所もないから先に進むしかない。足をかばいながら、権太坂の急な下りをちびちびと進む。

15分ほどかけてようやく下りきって狩場ICを通過。とにかくこの権太坂でかなり疲弊した。足裏だけでなく、左のハムストリングスも痛みが走る――頭の中ではリタイアのことばかり考えてる。この先に保土ヶ谷駅がある――。

とにかく一回休憩だ。コンビニの駐車場の脇に座り込んだ。シューズを脱いで足裏を中心にマッサージ。ついに足裏、母指球の脇あたりにもマメが発生したようだ。「マメブロック」を貼っておこう(このとき全然違う場所に貼ってたという事実に気づくのは翌日帰宅してからである)。ワセリンも塗り足した。そしてストレッチ。

ここで何を思ったのか家族のグループLINEに『今日、家の鍵忘れてきちゃったよ』とメッセージを入れた。『お疲れ様』のスタンプととにも『今日帰ってくるの?』という返信が。そう言われたら『うん』とはなかなか言いづらい(←ええかっこしい)。リタイアのことは頭のスミに追いやって出発だ。

22:00。足が出ないのは変わらないけど、フラットな道なら大丈夫だ。ストライドがダメならピッチで進もう。粘れ粘れ。
だけど横浜って坂の街なのよ。西横浜駅のとこから右に折れて、野毛山のほうにひと山越えるルートが設定されてる。曲がらなければまっすぐ横浜駅なのに、なんでわざわざ(涙)。

坂でペースが上がらない僕の後ろに、2人組のお仲間が現れた。明らかに僕よりも速いはずなのに、なぜか5メートルほど後ろをぴったりと付いてくる。ペースメーカーにしようってのかしら。なんかやな感じ(←メンタルやさぐれ中)。と、余計なことを考えてるうちに黄金町。あ、ひと山越えちゃってた。気がまぎれるって大事ね(笑)。
でも足首、特に左足首の痛さは増してきた。

脳内ミュージックが鳴らなくなった。ずーっと「痛い」ばかり考えてるからだろうな。

南区役所前を左折して横浜港方向に向かっていく。そしてスタートからちょうど12時間経過、横浜大さん橋に到着した。足の状態はもうちょっとどうにもなりませんって感じ。粘るしかないと自分に言い聞かせてみる。

山下臨港線プロムナード

夜遅いのにずいぶん人が出てるのねー。あんな風にデートとかしたい人生だったよ。

24:00ちょうど、桜木町駅前を過ぎた。これで「今夜電車で帰宅」という選択肢は消えた、ということだ。たとえ帰っても鍵がないから家には入れない。覚悟を決めなきゃ。

みなとみらいのBMWのディーラーに横浜BCの河村勇輝のユニフォームが飾ってあった。BMWってビーコルのスポンサーだったっけ。単なるファンだろうか。個人スポンサーか?
気がまぎれるなら何でも考えたい。


【0:29 CP4ポートサイド公園 68km】


この公園にはベンチもテーブルもある。ありがたやありがたや。
とにかくマメの処置とマッサージ。もはやどこに塗ればいいかわからないので足全体にバンテリン液を塗りたくる。アミノ酸の補給もした。
10分ほど休憩して、何より呼吸が整った(ハーハー言いながら歩いてたので、唇がめちゃめちゃカサカサになってた。リップ塗った)。少しだけ元気が出たような気もする。よーし。

ここからは第一京浜をひたすら北上するだけ。
少し元気が出たような気がしてたけど、実際にはそんなことはぜんぜんなくて、信号待ちのたびに「次の一歩」が出なくなる。横断歩道半ばまで渡れば歩けるんだけど、最初の数歩が本当につらい――しかも信号多いし(涙)。

考えてるのは「えーっと鶴見まで何駅だったっけ」と並走する京浜急行の駅数。次のチェックポイントは川崎なんだけど、鶴見鶴見と思ってたのは箱根駅伝のことかな。まあ考えても残りの数が多いと逆にがっかりするんで途中で考えるのやめたわ。

信号での歩き出しに難儀してるのに加えて、歩道の微妙な段差・傾きが如実に足への負担になり始めた。特に遊行寺の坂からこっち、ずーっと大通りの右側の歩道を歩いているので、歩道は基本的に左下がり。だから特に左足首への影響は大きい。いや普段そんなこと感じたことないけど、そうなんだからしかたない。

第5チェックポイントまでの11キロが絶望的に遠い。深夜の国道は人気も変化もなくてそれもつらい・・・。
「ここからタクシーで帰ったらいくらかかるだろう」。そんなことを思いながら、ちょっとずつちょっとずつ。

箱根駅伝 鶴見中継所(1→2区)


【2:56 CP5稲毛神社 79km】


「誰だよわざわざ歩道橋を渡るルートを設定したのは」とぷんすかしながらそろりそろりと階段を下りて第5チェックポイントへ。でも神社だし、当然のように真っ暗。お仲間らしき一団も写真だけ撮って素通りしていく。

でも僕は休みたい。隣のビルの入口のちょっとしたスペースに腰を下ろさせてもらった。ごめんなさい不審者じゃありませんのでー。

ここでもまたリタイアのことを考えてた。川崎駅前のバス停に行けば・・・。でもまだ始発まではずいぶん時間があるからなぁ。

第4から第5チェックポイント間の速度はついに時速4.5キロを割り込んだ。
序盤の貯金があるからトータルではまだいいペースなんだけど、その貯金が今や借金の元になってるんだよね、たぶん。

このペースなら最も間隔の短い次のチェックポイントまで2時間ぐらいか。
いやあまり考えるのはやめよう。目標を小さく持つことにしよう。まずは「東京都に入る」。それから「俺たちの大田区総合体育館」、そして「夜明けが見たい」

六郷橋でついに東京都へ

歩く速度がまるで出ない。探り探り足を運んでる感じ。
座れるところを見つけては30分に1回の休憩。それが15分間隔になり、5分間隔になり、そしてその休憩からのリスタートの一歩が本当につらくなってきた

歩き続けてもつらい。止まったら次がつらい。
変な歩き方をしてたらピシっと一瞬両足が攣った・・・。

4:00。歩く先のほうの空が明けてきた。淡いオレンジ色。小さく決めた目標に届いてしまった――。


【4:53 CP6鈴ヶ森道路児童遊園 87km】


誰もいないすっかり明るくなった公園のベンチに腰掛けて、シューズを脱いで半ばぼーっとしてた。

歩くっていう行為は基本的には無意識にできることではあるはずなのに、今は全力の意志をもって指令を送らないとそれができない。しかもありとあらゆる痛みがその意志を邪魔する。
足首から先、触るだけで痛みが走る場所がいくつもある。「もしかして疲労骨折ってこういうのを続けると起こるのかな」。

ふと、体に寒気を覚える。
明け方はさすがに気温も下がってるし、汗が冷えたんだろうな・・・そういえばノドがイガイガする――僕は「風邪はノドから来るタイプ」で、その兆候が明らかに出ていた。疲労によるものだろうが、それにすら気づけてなかったのかと。

このあたりは日常のさんぽエリア。なんなら3日前も歩いてた。もちろん自宅も近い。
当然ここから先もすごくよく知っている道。だから長さが実感できる。今の状態で、今のペースで(より遅くなるであろうペースで)、残り13キロを進めるのか。

「あ、始発電車の音が聞こえる」

手元の時計で17時間8分87キロ地点僕はリタイアを決めた。
断念する無念さとかある種の情けなさみたいな感情よりも、体が拒絶したほうが大きかったのだ。根性なんてとっくに売り切れてた。



[そのご]へつづく。「その五」でもあり、「その後」でもあったり。


いち][ に ][さん<[よん]>[ ご 


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