2026年4月8日水曜日

美しきあだ討ち話。

永井紗耶子「木挽町のあだ討ち」を読了。

江戸の芝居町で立派な仇討ちを果たしたとされる若者の足跡をたどる物語。
「その日いったい何があったのか」、関係者からの証言で紐解いていく、と言ったらわかりやすいか、そんな形で話は進んでいく。

インタビュアーを探偵役としたミステリー、という言い方もできるかな。


大河ドラマ「べらぼう」を見ていたあなたにオススメ!!
色街、芝居、人外、松平様・・・その解像度が高すぎて!バッチリイメージできるから時代小説なのにその世界観にどっぷり浸かれる。蔦重がそこに歩いてそうだ(笑)。
あそうか。映画に出てる渡辺謙は「べらぼう」にも出てたな。

第一幕。
エンタメの価値。夢を売ることの意味。作品の中での一八の「来し方」が、それが長々語られること――。
どこかに矛盾とかヒントとか隠れてないかと心のどこかで思ってるのに、登場人物の語り口に引き込まれてそれどころじゃない。

第二幕。
田沼意次から松平定信へ、の時代。そうした時代に生きる武士の立場とは。

第三幕。
芝居の世界の内側とそこに至る人々の来し方。
辛い生活をしている人たちへの真の優しさ大らかさが示される。

第四幕、第五幕――。
ミステリーとしてはある意味正しくないのかもしれない。
謎が深まるどころかあからさまに真実が見えてきてしまう。

そうして終幕は、いよいよ若様のインタビュー編。

見えてきてしまった真実、ただその真実の美しさ、なんだよなーと思う。
まるで見事な舞台を観ているかのような美しさ。

「それでも武士でいたい」という若様とは違い、僕は武士になりたいとは思わない。
ただ信に、そして義に生きるその姿に、眩しさを感じるのもまた本心である。

「ああそうか、奈落だったかーーああああーーー」(←何かに気づいた僕)

いやはや、これは実におもしろかった!
映画化ってどうやってやったんだろう。ちょっと気になる。

・・
・・・

ラストまでぜんぜん気づかなかったんですけど、タイトルは「仇討ち」じゃないんだねぇ。(←なにがしかのヒント)


2026年4月7日火曜日

ガス欠のようです。

(超遅な更新になりました。察してくれ)

そういえば宮城リョータが言ってたな。流れは自分たちで持ってくるもんだって。

でも、さあここからというタイミングでどうしてもその流れとやらがつかめない。むしろ自分から手放してしまう(ように見える)。

そして計ったかのようにゲーム終盤にガス欠・・・・(T^T)

ゲーム終盤ではなく、シーズンそのものがガス欠っぽい。

●東京Z 65-90 金沢

●東京Z 65-90 金沢

くしくも2試合とも同じスコアになりましたね。揃ったらから何か良いこと起こらないでしょうか(お願いお願い)。


スキルというか、そういう面が足りてないのはしかたがない。むしろ許容もしているつもりで見ている。だってNBAじゃないもん。

そう頭ではわかってるけど。わかるけど。わかるけどさ。


2026年4月6日月曜日

負けてしまいました。

ゴール裏で声を出してると、ある種トランス状態になってるから試合展開も流れもへったくれもない。

「え?負けちゃったの?」

そんな感じだった。だって4点取ったじゃん(錯乱)。
正確にはVARで認められたのが2点、取り消されたのが1点、自分のゴールに入れちゃったのが1点(涙)。

川崎 3-2 浦和●

いろいろな戦力を試そうとしたのはポジティブ。でもそれだけかな。
浦和同様に状態の良くなかった川崎に攻め込まれ守備に追われてばかり。
とは言え川崎も大概でその浦和に楽々崩されてたからなぁ。

試合終了のホイッスルとともに、我に返ったゴール裏からは、そりゃブーイングも出ますって。

あーちくしょーくやしいぜーーーー!
てかあんなサンデーシュート、あの時間帯に入るかね・・・・。お祓いしたほうがいいぞマジで。


試合後に挨拶を済ませた選手がロッカー方向に肩を落としながら歩く姿を見る。そして思う。
7番とか8番とか10番とか、すばらしいアタッカー陣がいるのにどうしてこんなうまくいかないんだろ。なんで前に進んでいかないんだろう。
さすがに何か「構造的な問題」があるように思えてしまう。

構造といえば、選手構成のいびつさも露見したな。そもそもCBが足りてない(実質3枚で回してた)のに、アップの段階で宮本(そもそも本職じゃないやん)がNGになり、そしてボザが開始10数分でケガ。急遽回されたのが中盤が本業の柴戸だったというのは失点の多さに対して多少大目に見てあげないとという気持ちにはなるが、構造の問題とも言えよう。
だいたい右SB関根(本職はアタッカー)でマルシーニョが止められるはずもないだろうし、左SBの長沼だってそもそもは前目の選手なのよ。本職は根本1枚の4バックって何?

つか、次の試合どうすんねん。


2026年4月3日金曜日

ピンクムーンと私の目。

さあ残りは明日ね、と言いつつ仕事が終わったと思い込んだ瞬間にかかってきた1本の電話。
おかげで定時上がりどころか大残業に。
ただ、そのおかげでいいことがなかったわけではない。

それは満月。

4月の満月は、桜色、じゃなくて、ピンクムーンって言うそうです。

もちろんピンク色なわけはなくて、おなじみの月の色なんだけどね、夜桜越しにこの満月をしっかりゆっくりと見られたことが唯一残業してよかったことかな。

・・・あれ?

あれだけの満月なんだから月のうさぎも見えるはず・・・見えないなぁ・・・あ、見えた。

このピントの合わなさ加減ってのも老眼というか、そういうことなんかな。
いやだわ~。

ちなみに右上のほうが少し欠けてるように見えたのは気のせいか。あるいはそれも老いた目のせいかなのか。



2026年4月2日木曜日

ボカシ多め作品です。

今回今さらながらに見てみた映画は「サキュバス」です。R15+。
サキュバスとはなんぞやというのは適宜検索しておくれ。タイトルがネタバレしてるから(^^;

絶賛別居中の男が友人にそそのかされてマッチングアプリ(サイト?)に登録してしまい、マッチしたお相手に魅了されていくのだが、そのお相手がなんと・・・・?みたいなお話。


前半は今風の映像っていうのかな、多くがPC画面を中心に展開される、例えば「サーチ」みたいな映像。そしてその画面の中が相当に「工口」い。決して嫌いじゃない(^^;
いや、あの女優さんの姿を見ちゃったら、なんというか・・・・しょうがないね。うん。

そして後半からクライマックスにかけては「サキュバスのサキュバスたるゆえん」とでも言おうか、ホラーなテイストに変わっていく。あるいはファンタジー?
その変化に見ているこちらもより怖さを感じるんだと思われ。
ただあの姿はいただけないなぁ。もともとの姿のままのほうがよっぽど美しくて怖いのに。

なんだか安っぽい感じもあるんだけど、どこか魅力的だったなぁ。
すべての登場人物(数は少ないけど)に意味があるという脚本もよかったと思うし。

そう、おもしろいというより魅力的というほうが近い。


2026年4月1日水曜日

自宅トレーニング[シーズン3]#42

ちょっとばかり自覚あるんですよね。

トレーニング量も活動量も少なめ。食べすぎ、飲みすぎ。
加えてストレスも多め。そんな日々でした。ついでに花粉症も酷くて。

ドクターにも怒られるし、いいこと何にもないや。

だからまたがんばろうと思います。
少なくとも風呂上がりの鏡の中の自分にがっかりしない程度には。


 【2026年3月度】
加圧トレーニング:3回[自宅トレ通算290回]
寝起き素振り:21回
月間さんぽ歩数:約36万歩

計測
前月比:  体重-0.5kg 体脂肪率+0.7pts
前年同月比: 体重+3.1kg 体脂肪率+2.8pts
2013年7月比:体重-7.1kg 体脂肪率+4.6pts

血液検査[31回目]
前回比:+0.3pts(目標まで-0.4pts)
2022年5月比:-3.2pts↓

先月のトレーニング→コチラ


2026年3月31日火曜日

明日から新年度。

年度末、あと半日。がんばれ俺。

とか言いつつ、年度初めのほうがヤバそうな予感がぷんぷんしとる・・・・(涙)。



2026年3月30日月曜日

ワクワクさせてよ。

3Q残り4分半、50-48とアスフレリードの場面から後の記憶がありません・・・・嘘です(涙)。

●東京Z 59-90 立川

でも3Q半ばでそこまで競ってて、最終的に30点差ですからねぇ、記憶もなくしたくもなるって(号泣)。

上位相手でそんなに簡単だとは思わないけれど、たとえば厳しいディフェンスからいいターンオーバーを奪うシーンも多くあったように思うし、高さの不利の中、よくやったように思うのね。
でもそれ以上にイージーなターンオーバーも目立ったように思う。

3Qの逆転のシーンだって、相手の攻撃が完全に停滞していたわけで、逆転どころか大量リードに結び付けられててもいい時間帯だったと思うのね。
でも悪い流れにお付き合いしてしまった。一瞬の逆転劇を見せて、そこで使い果たした、そんな感じだったかな。

正直に言えば、あそこまで行ったならラストまで競り合うゲームが見たかった。

でも。

僕はジェスのダンクを目撃したよ!!それはしっかりと書き残しておきたい。


迎えたGame2はその見たかった「最後まで競り合うゲーム」を見せてくれた。いや、「ある程度最後まで」って注釈付きか。
まさか残り4分で20点いかれるとは思いもしなかった(泣)。

●東京Z 76-102 立川

最終的にはロスター含めた実力差(あまり認めたくはないが)が露呈しちゃったかな。

ただ、こういう展開、特にこの試合は序盤はリードしていたし、こういう試合を続ければおのずと勝利にも近づくのかな、なんて思う。

ただその「こういう試合」の具体的なイメージが湧かないのもまた素直な感想でもあって。
シロートはつらいぜ(違)。

でもさ、「どうにもならない」じゃなくて「最後までワクワク・ドキドキさせてくれる」ってのは、結果以外でとっても重要だと思うんだ。エンタメとしてね。

・・・そんなことを思う週末でした。


2026年3月27日金曜日

翳りゆくひと。[141]


[141]

N銀行とM銀行から相続のための提出書類等の説明が届く。その分量から、そう簡単には相続させませんよという強い意志を感じる。
提出書類には「原本」という単語が並んでいる。遺産分割協議書は土地の登記のために1部を司法書士に送付済みなので、あと1部しか手元に残っていない。つまり1件ずつ処理をしていかなければならないということだ。
とりあえず記入できる書類は記入を進めておこう。

9月16日。仕事を抜け、アポイントを入れておいたF銀行の窓口まで出向く。

「こちらが記入した書類、それから遺産分割協議書と戸籍謄本です」
「確認させていただきます」

しばらく書類を見ていた担当の方がおもむろに口を開く。

「戸籍謄本、これではないんです。出生から死亡までの連続した戸籍謄本が必要です」
「いや、この謄本にちゃんと出生日と死亡日が記載されていますよ」
「これではだめなんです」

この「連続した戸籍謄本」というのがポイントで、出生から死亡までの本人の歴史をたどるものではなく、相続人を確定するためにどうやって生まれてきたのか(親)、婚姻などの関係者は、などすべての情報が途切れることなく記載された戸籍、つまり1通の本人の戸籍謄本ではなく、関係者すべての戸籍謄本の「束」ということのようなのだ。

「話はわかりました。書類不備だということも承知しました。ですが、そういう説明は一度たりとも受けていませんし、いただいたご案内にも書いてないですよね。銀行の方々は日常の業務として当然の言い回しなのかもしれませんが、こちらは初めてのことです。出生とか死亡とかの一般的な言葉を使っている以上説明不足だと思いますし、あまりにも不親切ではありませんか」

怒っても手続きを進めてもらえないことはわかっているが、言いたいことはしっかりと言うべきだと思った。

「おっしゃるとおりかと思います。きちんとしたご案内ができておらず申し訳ありません。昨今は広域で戸籍が取れますので、お近くの区役所などで取得していただいて簡易書留でお送りいただけないでしょうか」

切手の貼られた封筒を受け取り、わたしはF銀行を出た。
手続きが完了しなかった残念さはあるものの、当初からそう簡単に事は進まないという認識もあったので、「まあそういうこともあるか」という程度の心持ちである。

翌日、再度仕事を抜けて職場近くの区役所の戸籍係の窓口に出向く。案内係の方に「相続のための連続した戸籍が必要なのです」と告げるとスムーズに記入書類を示してくれた。

発行部数は2部と書いた。
別の場面でも必要になるであろうから予備として。

「こちらなんですが、他の自治体のぶんなので発行までに4時間ほどお待ちいただくことになります」
「そうですか。夕方また来たいと思います」
「本日中に受け取っていただかないと無効になりますのでご注意ください」

いったん仕事に戻り、夕方早退の届けを出して再び区役所に。

「はい、こちらが連続した戸籍ですね。全部で7通になります」
「こんなになるもんなんですね」
「いえいえ、これでも少ないほうですよ。離婚とかされているとどんどん枝分かれしていくので」

7通×2部。6900円という想像以上の手数料を支払い、その足で郵便局に。本局ならまだ郵便窓口が開いている時間だ。

「簡易書留でお願いします」
「ではあと70円ですね」

F銀行で預かった封筒に貼られていた切手では額面不足だった。

140<[翳りゆくひと]>142


2026年3月26日木曜日

子育て卒業式。

息子2号が大学を卒業した。

ヤツはもう2ヶ月も前に家を出ているので(という話は→こちら家族の今の生活に何か変化があるということはすでにないのだけれど、いよいよ来月から社会人になるということで、この卒業式をもってある意味「子育て」は終わりになったのかな、という感慨がある。
誤解のないように申し添えると、親としての責任を放棄するわけではないですよ、と。


そんな思いもあって、卒業式に家族という立場で参加させてもらってきた。

あれだね、自分の卒業式のときの来賓の挨拶なんて何も心に残らなかったけども、今だからこそ「そうそう」みたいな気持ちもあって、思わず拍手が出てしまいます。
そうちょーもありがとうございました。いいお話でした。

僕自身は男親が入学式やら卒業式やってくるなんて気恥ずかしいみたいな気持ちがあったので、息子たちが年頃になってからはぜんぜんこういう式典に出席することはなかったんだけど(今どきの親としては珍しいタイプだと言われたこともありますが、自分にとってはこれがナチュラル)、今回は「自分の卒業式」とも思ったので、息子2号に直接確認した上で出席させてもらった。

20数年前、右も左もわからないまま「親」という立場になって、大なり小なりいろいろなことがあって、長かったような短かったような。

――ふと思い出すのですよ。無条件で可愛かったあのころとかを(笑)。

卒業おめでとう。4月からもがんばって。
そして僕たちに、お疲れ様。

(追記)
翌日、息子2号からメッセージが届いた。学位記を持った写真を添えて『昨日は来てくれてありがとう』と。泣く(T^T)