2026年3月25日水曜日

志賀高原に行ってきたぜ。~後半戦~

(志賀高原サイコーだったぜ、という前半戦からのつづき)

空いてた。

季節が春に向かう中、ゲレンデがとにかく空いてて。特に“JAPOW”の季節が終わったからかインバウンドの方が少なくなってる印象だった。

となると気分はゲレンデ独り占め!

たとえば一ノ瀬ファミリーの急斜面や、奥志賀の第二(今は違う名前になってる?)なんかの長いコースをそれなりのスピードでノンストップで気持ちよく滑るなんてこともできる。
左右に気をつかうこともないのでコンディションの良さとも相まって、それはそれは気持ちがいい。

メンバー。

今回一緒にいった3人組は、本当に古くからのスキー仲間で、ゲレンデで一緒にすごした時間がとにかく長い。体力レベル、技術レベルも変わらない。

「このメンバーだとやっぱりペースが合うわ」

思わずそう口に出してしまうほど。
たとえばゲレンデのどこまで一気に滑るかとか、どこで止まるとか、少し息を整えようかとか、わざわざ言わなく合えてる。

いろんな人たちと滑るのはもちろん楽しいのだけれど、純粋にスキーを味わうという点において、このメンバーだというのが非常に大きいと思っている。いつもありがとね。

技術的なこと。

楽しめてるからこそだと思うけど、個人的な技術面も今シーズン一番の出来だった、と思う。まあバーン状況が良かったことはちょっと割り引く必要はあるかな(^^;

基礎スキーの技術という点において、いわゆる「正解」ってあるんだと思う。ただ、もはや僕にとってはそこではない、自分なりの「こういうふうに滑りたい・感じたい」みたいな個人的な解がぼんやりとあって、それに近づいていくことこそが目標になってる。

そのためにシーズン前のイメージトレーニングから考えてたこと――言葉にはしにくいんだけど外スキーの上に外腰が乗っていきつつ圧を加えていくようなイメージ。曲げ荷重とも違うんだけど――に、少しずつ近づいたなという実感があった。うれしい(はぁと)。

特にショートターンが良くなってきた。
外足中心にサイドステップ的な運動(?)を意識しているのだけども、外を意識することで内足も邪魔になるどころか自然に使えるようになったのは副産物。

奥志賀第二を上から下まで中ターン/ショートターンそれぞれノンストップで降りられた(両手が痺れるほどフィジカルはギリギリだったけど)のもその結果だと思ってる。もう来シーズンが楽しみです(笑)。

2日目も晴天なり。

余談。1日目の夜、部屋でまったりしてたとき、『今朝志賀高原一ノ瀬スキー場でスキーヤーとスノーボーダーの衝突事故があった』というニュースが飛び込んできた。朝9時半すぎの出来事だったらしい。そのころ、ちょうど近くを車で通ってた時間帯だ・・・。

「あっ!」

3人全員があるシーンを思い出した。少し凍結気味のジャイアントのトンネルをすごいスピードで下って行った救急車のことを。思い出して本当に鳥肌が立った。比喩じゃなくてね。

あの空いてるゲレンデで、不幸にも事故に遭われたスキーヤーは同世代。自らをも省みつつ、やはり安全が第一であると思いを新たにいたしました。


2026年3月24日火曜日

勝っちゃってよかったのに。

「あるぜアップセット!」

24時間ぶりにそう思ったんですが。
なにせ前夜よりも僅差で追いすがる。この点差ならワンチャンスで!・・・・なんて夢見ちゃいましたよ。
点差が詰まるたびにあの6番とか9番とか(どっかで見たことあるような気がするなぁ)にズバっとやられて、結局一度たりとも追いつくことができなかった。
●東京Z 59-69 香川

遠慮せずに逆転して勝っちゃってよかったのに。などと。

ロースコアはアスフレのゲームだと思うけど、その展開でも流れを渡してくれなかった。悔しいがそれが実力差か。

実力というか遂行力?
特にジェレミーがボールを持ったら迷うことなくファウルに来てた気がする。確率の問題もあるし、疲労にさらにストレスを加えようという意図というか、よくわからんが、これも連戦の難しさなのかな。


シーズン終盤に言うことじゃないかもしれないけど、この戦いを続ければおのずと勝利は積み重なると思うよ。
そのためにもまずはリカバリーを。

・・・・勝っちゃってよかったのにな。


負けていいわけじゃないけども。

「あるぜアップセット!」

そう思える展開に持っていけたなってのは、言葉は難しいんだけど「良かった」なと。
特に3Qは本当に可能性感じたよ。6失点ってすごいぞ。

でもさすが上位、競っても崩れてくれなかったね。これが地力の差ってやつか(涙)。

●東京Z 52-74 香川

ただロスターも厳しい状態での戦いだから、最後は体がついていかず心が間に合わず、そんな感じだったかなぁ。

負けていいなんて口が裂けても言わないけど、がんばった、とそれだけは言っておきたい(←俺、やさしい)


欲を言えばあれが40分続けば。
っていうか、Game2、勝ってもいいのよ。ねぇ、そうでしょ?

平日のホームゲームが、実際のホームから遠く遠く離れた場所っていうのは厳しいねえ。


2026年3月23日月曜日

感覚的に気持ちが悪い負け。

僕がめちくちゃ濃い目の色眼鏡をかけているとは思いますが――しっかりと勝ち切った上でキックオフ直後から足裏で削ってきて、イエローカードの基準を曖昧にしてしまって選手を危険にさらすやり方も、それに惑わされる審判も、マジいや」って書こうと思ってたんです。でも勝てなければただの遠吠えの暴言。すいません。

●浦和 1-2 町田

自滅したような感じでもなかったんだけど、結果的に握ってた流れをどうぞどうぞと手放したようにも感じられる。ちょっと感覚的に気持ちの悪い敗戦。

スムーズにビルドアップしながらアタッキングサードに入った瞬間に勝手に手詰まりになる、みたいな。
相手を裏返してチャンスを作ってみたものの決定機にはならない、みたいな。

エアポケットのような瞬間が来ると確実に失点してしまう、みたいな。

さまざまなトライのできるこの特別なシーズンにおいて、選手を代え、配置を変え、いろいろやってるのはわかるし、それが効果があるようにも見える。でも結果につながっていかない。


困りましたなぁ。でもこれが「変化の途上」ということなんだと信じたい。


2026年3月19日木曜日

小さな進歩。

勝利に向かって応援し続けた方々には申し訳ない言い方になるかもしれないんだけども、僕はこの試合、すごく楽しめたんだよね。
もちろん勝てればより楽しかったのは間違いないところだけど、ちゃんと勝負できたって思って。そのことがうれしかったから、試合が楽しかったのです。


前年と比較するのはナンセンスだということは十分承知の上で言えば、去年の柏戦って「浦和レッズつらい。」と「浦和レッズしんどい。」だからね。よくやったよ、って言ったら褒めすぎですか?
僕は小さな進歩だと思うんですよ。


まあ最後の最後、肥田野早川照内で勝ち越せたら泣いちゃう準備はできてたけども(^^;

PK戦は時の運のみ。外した選手はもとよりファン・サポーターも含めた「We」は気にする必要まるでなし。


2026年3月18日水曜日

志賀高原に行ってきたぜ。~前半戦~

最後に志賀高原でスキーしたのっていつだろう。
このブログを検索してヒットしたのが2009年4月・・・・って17年前やん!
しかもこのときは熊の湯だったので、蓮池・ジャイアント・一ノ瀬・奥志賀エリアは行ってないわけで、20年ぶりぐらい??

行きたいなとはずっと思ってて、それが今回ようやく。そして・・・サイコーだったんすよ!

コンディション。

いやもう天気サイコーで。そもそもワタクシ、晴れることが少ないタイプ――世間からは嵐を呼ぶ男と呼ばれております――なのに、空が真っ青で!!

いや、それ以上に最高だったのがバーン状況。
昨今3月も半ばになると春の雪、そろそろシーズンも終わりかねぇみたいな雪質(簡単に言うと滑りにくい)になっちゃんだけど、標高の高さと冷え込みと・・・・サイコーでした!

晴れてるのに気温は低く、しっかりと締まった固いバーンの上に少しだけ、ほんの少しだけ新雪が乗ってて。
固いといえどしっかり圧をかければわりとイージーに板がグリップする。深くカーヴするほどでもなく、でもしっかり彫り込めている――滑りながら振り返って自分のシュプールを見届けたい、そんな状態(伝われ)。

特に朝の1本目の快感度たるや。

「いやーん!さいこーーーーーぉぉぉ」

まるで優勝した選手のように叫びながら両手を高々と突き上げましたね(お恥ずかし)。

日中の気温とか標高とか、時間帯や場所によって状況は少しずつ変化はしたけれど、この時期にこれだけのコンディションでスキーができたこと、最高以外の表現が見つからない。
荒れてきてもなんかすっげー滑る雪なんよ。

思い出。

志賀高原といえば、ホームゲレンデとは呼べない存在ではあるけれど、自分のスキーヤーとしての人生(大袈裟)に欠くことのできない思い出が山ほどある(山だけに)

今回は焼額山を起点にして、スキーを履いたまま滑れるエリアを、ツアーと称して滑って回った。
  • 学生のときの引退のセレモニーがあった一ノ瀬ファミリー(あのゲレンデのレストハウス?はなくなってた)
  • 記憶があいまいなぐらい集中して挑んだ急斜面種目の大会バーンの寺子屋は、その大会バーンに架かってたリフトは撤去されててゲレンデとして機能していなかった。
  • 大会で、今思うと超絶難しい(意味わからないとも言う)緩斜面種目を演技したブナ平で、当時っぽく滑ってみたり(制限滑降を滑った通称「ブナ急」には木が植えられてた)
  • 先輩たちの活躍を見て、自らは検定会で撃沈したジャイアントスキー場はやっぱり急斜面で(大会やってたんで半分ぐらいしか滑れんかったわ)
  • 上から下まで滑り切ることに憧れてた丸池Aコースは雪不足で閉鎖中(ざんねん)。
  • 指導員養成講習会で練習したサンバレーのメインじゃないバーンはリフトも撤去されてもはやゲレンデではなく。
  • スラロームに出場した西館山はガスがかかっててちょっとパス(^^;
  • 東館山の卵ゴンドラはブナ下(!)に移設されてて(やってきた搬器を見て「卵じゃない!」って言ってたら「卵待ちます?」と係員(美人さん)に言われたww)、東館山のゴンドラからは懐かしの温泉旅館(すでに営業しておらず)を見下ろして。
  • 2シーズン続けて怪我をした苦い思い出がある高天が原は、とにかく安全運転で滑って(^^:
古いアルバムの中に、思い出がいっぱい。

ブナ平で緩パラの外向傾を作ってみるなど。

後半戦に続く)


2026年3月17日火曜日

【WBC26】力負け。

「力負け」という言葉がこれほどしっくりしてしまう負け方もそうそうあるもんじゃない。

World Baseball Classics 2026 Quarterfinals
Venezuela 8-5 Japan●

腕をびゅんと振って速いボールを投げる。
バットをブンと振って打球を遠くに飛ばす。

そうしたシンプルで本質的な部分で圧倒された。
下馬評――日本国内ではなくて世界のベースボールファンの下馬評――どおりベネズエラが強かった。ただそれだけだ。
そのベネズエラだってベストチームじゃないかもしれないんだから世界はヤバいレベルなのだよ。

もちろん一発勝負だから結果が逆に出る可能性もあった。だけどその可能性すらねじ伏せられたって感じだったな。
だから個人的には妙にあまり悔しくなかったりもしている(強がり)


連覇連覇と浮かれてしまっていなければ。
チーム編成や采配は。

可能性を高める方法はあったかもしれない。でも今ひとつ言えることがあるとするならば、これに尽きる。

“戦犯探しは止めましょう”


2026年3月16日月曜日

【ミラコル2026パラ】もぎ取ったラップ。

パラアルペンスキー男子回転座位の2本目。
視界不良のコース中盤、鈴木猛史選手のチェアが一瞬宙に浮いた。

それでも彼はスキーを横に向けることをしなかった。
たとえラインが落とされても板を下に向け続けていればスピードは落ちない――もちろんリスクはあるが、瞬時にその選択肢を選んだように見えた。

その選択ができるだけの練習積んできたんだろうな。
だってスキーヤーの本能としては厳しいと思うもの。

結果、2本目は全体トップのタイム。アルペン的に言うとラップだった。
積み重ねてきた自身の力でもぎ取ったブロンズメダルだ。
だからこそのゴール後の、まるで咆哮のようなガッツポーズだったのだと思う。

感動しちゃった。おめでとうございます!!


公式サイト(https://www.olympics.com/en/milano-cortina-2026/paralympic-games)、昨日までは[Schedule & Results]と書かれていたページへのリンクボタンが、今はもう[Results]の文字だけに変わっていた。
新しい予定がもうないということ――終わっちゃったんだな、ミラノ・コルティナパラリンピック。


2026年3月13日金曜日

【ミラコル2026パラ】大回転。

パラアルペンスキー女子大回転座位村岡桃佳選手!銀メダル獲得おめでとう!!

ケガからの回復途上にありながら、それを感じさせない見事な滑りだったと思います。特にレース後半、板をきれいに滑らせていく技術!素晴らしい!!

金メダルの選手には隙がなかったっすね。3連覇を逃したのは残念だと思っているかもですが、通算11個のメダルというのは誇っていいと思います。
あの大日方さんを抜いたってことですもん。髙木美帆さんより多いってことですよ。すごいすごい。


ところで。

競技を観戦しているときに息子1号が言いました。「誰だよ、大回転なんて訳語を付けたのは」と。

slalomは回転、giant slalomだから大回転。僕は今まで疑問にも思いませんでしたが、言われてみると確かに変な言葉ですよね。大回転。
だって、回転って“軸があってそこをぐるぐる回ること”でしょ。少なくともスラローム競技では回転するシーンは(大きなミスをした場面を除いて)ありません。それに「大」を付けるなんて!(笑)

「冬の競技ならビッグエアとかエアリアルこそ大回転だよ」

おっしゃるとおり。

じゃあ仮に別の訳語を充てるとして、回転の代わり・・・・ジグザグ、くねくね、蛇行・・・大蛇行って黒潮か!

いろいろ話し合った結果、競技特性に近いのは「右往左往」ではないか、という結論に(^^;

・・
・・・

「なんでスーパーGのとこだけ翻訳諦めてるんだよ。超大回転じゃんwww」


翳りゆくひと。[140]


[140]

土地の相続・登記の件について、現地近くに事務所を構える司法書士からの返信があり、業務は請けてもらえることになった。

『遺産分割協議書以外に必要書類としましては、(1)お父様の出生からお亡くなりになるまでの戸籍・除籍・原戸籍謄本、(2)お父様の戸籍附票、(3)令和7年度固定資産評価証明書、(4)相続人全員の戸籍謄本と印鑑証明書、になります。(4)以外はこちらでも取得ができますので、必要ならばお伝えください。書類取得のための委任状を送ります』

基本的には全部任せてしまったほうがいいだろう。わたしはすぐにメールを打った。

「(1)~(3)については取得をお願いしたく存じます。委任状をお送りください(メールでお送りいただければ押印して郵送します)。なお、(1)については別件でも使用する機会がありそうなので、余分に取得いただき1部当方にお送りいただければ幸いです。(4)については委任状返送の際に同封いたします」

出生から死亡までの戸籍、という文言は金融機関の相続に必要な書類の一覧に同様の文言があったので、念のため余分に用意してもらうことにした。

程なくして改めてメールが届く。

『登記の委任状をお送りいたします。不動産についてですが○○-○の土地は令和2年に売買されておりますので、2筆分で作成しています』

これには驚いた。平成29年度の固定資産税の書類で確認できていた小さな土地は確かに4ヶ所で、そのうち1ヶ所を売却したから残り3ヶ所だと信じ込んでいた。令和2年というとマサさん、かなりいろいろ怪しくなっている時期にもなるのだがどういう経緯だったんだろう。

まあわたしとしてはいらない土地でもあるので、数が少ないぶんにはいい話だと思う。

『また、戸籍等取得の委任状もお送りいたします。戸籍等をこちらで取得してよければ、戸籍取得の委任状に署名押印してこちらにお送りいただければ、取得いたします。戸籍等はこちらで取得してよろしいでしょうか。』

いや、だから1本前のメールに「取得してくれ」と書いただろうに。しかも同じ文言が何度も出てくる文章もおかしいし、何とも要領を得ない。

「当初よりお願いしているとおり、『取得』お願いします。また、同様に『戸籍・除籍・原戸籍謄本』については、余分に取得いただき1部こちらにお送りください」

文言が少しだけ荒くなってしまっただろうか。かまうものか。今回はわたしがクライアントだ。

翌日、押印済みの委任状とわたし自身の本人確認書類(免許証)の写し、遺産分割協議書、相続人の戸籍謄本および印鑑証明を一式、司法書士にレターパックで郵送した。

土地についてはあとは任せるだけだな。

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