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2017年6月29日木曜日

さんぽニスト、旧中山道をゆく。その四

今回の起点の深谷駅に向かう高崎線の車内で、歩き旅を描いた小説「明日のマーチ」をちょうど読了した。テンション上がってきたぜ!さあ行きますか!!

深谷ねぎの畑がちらほら見えるあたり、空き家が目に付く。それも何年も放置されているような空き家だ。具体的な数字はわからないけど、こうした空き家問題が現実にあるのだということをいやでも実感させられる。その一方で新築を建てつつある工事現場もあるのだからなんとも不思議だ。

やがて旧中山道はどんどん国道から離れていく(今回の行程では国道はほとんど歩いてない)。狭い路地をとおり、農道のようなところを抜け・・・何と言うか、そう「田舎道」(たいへん失礼)。
見上げると四方八方に送電線。建造物としての大きさにちょっと圧倒される。

それにしてもこりゃ地図持ってないと絶対無理だなぁ。

カーナビなんてない時代に育ったおぢさんは、紙の地図がやっぱり見やすいんだけど、手元にあるのはスマホの小さな画面だけ(しかも4.6インチ)。ピンチイン、ピンチアウトで拡大縮小をくり返し、道を間違えないようにしてるんだけど、地図の縮尺がガンガン変わってしまうので、距離感がつかめないという問題があることに今さら気づく。気をつけようね>俺

久しぶりに車道と歩道が分かれたなと思ったら本庄宿。宿場の名残はほとんどなく、町そのものが静か。しーん。ちなみに市のマスコットキャラは「はにぽん」(^^;
本庄は「蔵の街」をプッシュしているけど、蔵ってわりとどの宿場町にもあるしなぁ。

上里町(ちなみに町のキャラは「こむぎっち」)を進むと久しぶりに国道17号に合流、神流川にかかる橋を渡ると・・・群馬県突入!!!

グンマーーー! #旧中山道 #さんぽニスト #思えば遠くへ来たもんだ

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そしてそこはもう新町宿。その名のとおり、川渡りのために後から作られた宿場だそう。

#八坂神社 #明治天皇行在所 #新町宿 #旧中山道 #さんぽニスト

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ところで、俺はまだグンマを知らない(^^;
土地勘どころか地名もほとんどよくわかってない。だから新町と言われてもそもそもピンと来てないのだけど、新町は高崎市だ。
そして旧中山道は新町宿を出ると藤岡市に入る・・・・あれなんかおかしくないか?
関越自動車道のイメージからすると、藤岡と高崎の順番が逆じゃないかと。
帰宅してから調べてみたら、新町のあたり、飛び地だった。平成の大合併の結果だそう。やっぱり、俺はまだグンマを知らない(^^;

藤岡市内は利根川水系の川がいくつも流れている。それはつまり平坦な武蔵国を通り過ぎて山が近づいている上野国にいるということでもあるんだろう。旧中山道もその川の土手を縫うように進む。もはや地図見てても何が何やら(笑)。

何度目かの橋を渡り、土手から普通の道に降りたところで再び高崎市に入る。高崎線の線路をオーバーパスし、電気関連企業の工場群を抜けると倉賀野宿へと到着。

#高札場跡 #脇本陣 #倉賀野宿 #旧中山道 #さんぽニスト

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倉賀野宿はけっして大きいわけではないけれど、往時をしのばせるものが点在し、立派な古民家、さらには「宿場町無料休憩所」なんてのもあったりして、宿場町ならではの風情が感じられる。ゆっくり見て回っても楽しそうだ・・僕は先に進みます(^^;

倉賀野宿から次の高崎宿までは近い。近いんだが、歩道が強烈な「右足下がり」が続く区間があって、結果なぜだか左足首が重くなってしまった(道の反対側を歩けばバランスが取れたのかな?)。
高崎の街にはいろいろ見どころがあるようだったんだけど、駅のほうが近いし・・・ということで今日はここまでにしよう。

今回の行程:深谷宿~本庄宿~新町宿~倉賀野宿~高崎宿。お昼ごはんは上里町のコンビニで、おにぎりとサンドイッチ。味気ないがほかに選択肢なさそうだったし。倉賀野宿の先のハンバーガーショップで3時のおやつにストロベリーシェイクを飲む。
ここまでの行程:[1] 日本橋~浦和宿 [2] ~鴻巣宿 [3] ~深谷宿 [4] ~高崎宿


2017年5月30日火曜日

さんぽニスト、旧中山道をゆく。その参

『明日の関東地方は気温が上昇するでしょう。都心では29度、埼玉県の熊谷では31度の予想です。』

最高気温でおなじみの熊谷にせっかく行くなら暑い日だよなー、とドMの血が騒ぐ(嘘)。

そんなわけで前回のゴール鴻巣宿から先へ。北上する、というイメージでいたんだけど実際にはかなり西寄りに進んでく感じだね。

鴻巣の町を出ると、空が広くなる。旧中山道沿いは3階以上の建物がほとんどない。たまに大きな建物が出てくると、それはほとんどが老人向け施設だったり(^^;
アパートには部屋数の2倍の駐車スペース、戸建てには3台分は確保されている感じ。なるほど、そういうエリアに入ったのか。

実はこのあたり、コンビニがほとんどない。

これだけ住宅がたくさんあるのだから、需要はそれなりにあるような気はする。確かにところどころに[たばこ][宅急便]と書かれた幟をはためかせた店があるし、それでいいのかもしれない。そんなものなくても困らないよ、か。

コンビニに依存するようにして生活している自分たちのことをふと思う。コンビニエンスって何だろうね、と。
切実な問題として、コンビニがないとトイレに困るさんぽニスト(大汗)。今回は工事現場の簡易トイレとガソリンスタンドに助けていただきました。ありがとうございましたー。

旧中山道はやがて荒川土手に出る。

土手の上からは川そのものは見えない。川幅(土手と土手の距離を川幅と呼ぶそうで)がめっちゃ広いせいだと思うけど、なんだか不思議な光景だな。
土手の一番高いところは歩行者・自転車用の道として整備されてたので、そこを歩いてみたんだけど、自転車がバンバンやって来てアレなので、土手の中腹の本来の旧中山道を歩くようにしたら、今度は自動車がバンバンやってきてよっぽど怖かった。細いしガードレールもないし。

でも見晴らしはよくてなかなかいい景色。そして遠ーーーくのほうに熊谷の市街地が見えてきたぞー(鴻巣宿から熊谷宿は、宿場間の距離がかなりあった)。

あついぞ熊谷。 #体感はもっと暑い #熊谷宿 #旧中山道 #さんぽニスト

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熊谷の市街地には宿場の風情を残すところはほとんどないんだけど、昨今有名なニュース映像でも見たことある『あついぞ!熊谷』と書かれた温度計を模した看板を発見!目的達成した気分(笑)。
27.4度を示してたけど、これ数時間前の数値で、後で調べたらこのタイミングやっぱり31度だった。天気予報的中(笑)。

この看板があったのは国道17号と407号の交差点にある「八木橋百貨店」の入口。
街道地図を見ると、この百貨店の中を旧中山道が突っ切ってる形になってる。半信半疑で自動ドアを入ってみる(ああ、涼しい・・w)。と、そこには「熊谷宿」と書かれた行灯のようなものがいくつも置かれ、反対側の出口まで一直線。ドアの向こうには信号機も見える。
おそらく、再開発して道路つぶしたんだろうね。でもちゃんと直線的に入口を配置したのはなかなか素敵なアイデアではないかと。

熊谷宿を後にして・・・あ゛つ゛い゛っ!

なんでこんなに暑いんだろ、そんなことばかり考える(^^;
旧中山道、特にこのあたりはアップダウンがない。アップダウンがないってことは、山もなく、風が吹かないってことなのかな。熱せられた空気がただそこに漂ってる、そんな感じかも、とホントかどうかわからない結論を出しつつ、深谷宿を目指す。

深谷宿が近づいてくると、あちらこちらに、ゆるキャラグランプリでもおなじみの「ふっかちゃん」の姿が目立つようになる。看板、幟、自動販売機・・・車のウインドウ用のステッカーが猛烈にかわいくて欲しくなっちゃったけど、深谷には縁もゆかりもございませんなので却下。

で、そのふっかちゃんの頭にはネギが刺さってる(刺さってるわけじゃないのかな?)。が、「深谷ネギ」のネギ畑は見あたらず。なんだか残念(^^;
ニンニク育ててる畑は見かけたけど、ニンニクも名産かしら。みやげに瓶詰めの「ネギ味噌ニンニク」を買ったんだけど、よくよく見たら「ネギの50%は深谷ネギです」って書いてあって、半分は別なのか!と(^^;

それにしても深谷の町は静かだ。ちょっと遠まわしな言い方だけど、すれ違った人の数よりも看板に描かれたふっかちゃんの数のほうが多かったと思うほど。

それだけに立派な駅舎の唐突感がすごい(^^;

今日はここまで。 #深谷宿 #旧中山道 #深谷駅 #さんぽニスト #ふっかちゃん 可愛すぎる(^^;

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帰路、深谷駅から高崎線上り電車に乗って、最初に停車したのが籠原駅。籠原というと、JRの湘南新宿ラインの目的地として名前よく知ってる駅。その反対側の終着駅は小田原か・・・全部歩いたのか。なんか感慨深い。



(おまけ)
深谷の某パーマ屋さん、この春は巻髪を猛烈プッシュ。店の窓いっぱいにどーんと漢字2文字で、『春巻』・・・それ食べ物や・・・。

今回の行程:鴻巣宿~熊谷宿~深谷宿。お昼ごはんは熊谷宿の市街地を出たところのチェーンのカレー屋さん。ウエットおしぼりと水飲み放題(笑)がたいへんありがたく。
ここまでの行程:[1] 日本橋~浦和宿 [2] ~鴻巣宿 [3] ~深谷宿


2016年11月17日木曜日

さんぽニスト、旧中山道をゆく。その壱

道なんですか中道なんですか。
かなり混在して使われているようですが、道路標示などは「山」でしたので、そちらで書きたいと思います。「いちにちじゅう、やまみち」というネタも「山」だからこそですな。

さんぽニスト、このたび再び日本橋に戻りまして旧中山道を北上してみることにしました。

日本橋、神田、秋葉原、本郷、白山、千石、巣鴨。99パーセント大通りを進む(神田明神の脇、100mほどのみが旧道)。といってもバイパスを作ったようなことではなくて、旧道を拡張したような。だから、名所旧跡(ちょっとオーバーか?)をいくつも楽しむことができる。

そして巣鴨からはいよいよ本格的(?)旧道へ(このあたりから土地勘がほぼなくなる私)。その入口がまさに「おばあちゃんの原宿」こと巣鴨地蔵通商店街。知らなかった~。
実は初めて歩いたのー。赤いパンツは買いませんでしたが、もちろんとげぬき地蔵にもお参りしました。それにしても大先輩たちが闊歩する姿はなかなかの圧力です(^^;

商店街を抜けると最初の宿場、板橋宿に。3つの宿場が1つになってるみたいで、ずいぶんと長い。この道を中心に町ができてるといった様子で、活気もあって歩いててすごく楽しい気分になる。

そうそう。板橋って橋、渡りましたよ(^^;

ここで国道17号に合流、荒川すなわち県境の戸田橋に向かっていきます。
ここでトラブル発生!スマホ電池切れ!道がわかんなくなる!写真撮れない!背に腹は代えられません。コンビニでモバイルバッテリー買いました。くそう無駄な出費したぜ。

高所恐怖症の僕にとって、長くて大きい橋は恐怖の対象でしかありません。風も強くて横を走る新幹線をのんびり眺める余裕がありません。そんな戸田橋。
ちらりと見やった水面に練習しているボートが。オリンピック、なんで戸田じゃダメなんだっけか?

そして道は蕨宿へ。

旧宿場町として整備もされてて歩きやすくて、しかも風情も感じられていいですね。

#蕨宿 #旧中山道 #さんぽニスト

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観光地というほどのものではないんだけど、ちょっとした看板があったり碑があったり、道の右側左側とふらふらしたもんで、なかなか先に進みません(^^;
実に散歩と相性のいい宿場町、そんな印象です。ほっこりと楽しいっ。

蕨から次の宿場まではすごく短い。
東京外環道の高架をくぐると、電柱に見知った幟が。

[サッカーのまち浦和]

なぜだか(笑)急に土地勘も戻ってくる(^^;

チャンピオンシップの必勝祈願に調神社(つきじんじゃ、って読みます)にお参りして、そうしておなじみ「レッドボルテージ」前にて、今日はここまで。
それにしても浦和の「宿場感のなさ」はびっくりだな(笑)。



なんか全体に東海道よりも穏やかな気がするのは、季節と天気のせいだろうか。



今回の行程:[1] 日本橋~浦和宿。お昼ごはんは志村あたりのコンビニの中華まん。メインの目的はバッテリー購入(^^;

2017年3月23日木曜日

さんぽニスト、旧中山道をゆく。その弐

お久しぶりの中山道。北に進む僕に直撃する強い北風・・・進みませんよぉ。それでもそんなに寒くもなく、春は近いのかも、と思う。

今回は浦和宿、われらが「レッドボルテージ」前からリスタート。ここから先は未知の道(^^;

与野を過ぎてさいたま新都心のビル群が見えてくると、次第にオレンジ色のフラッグが目立つようになり、ダービーマッチの相手のエリアに入ったのだといやでも認識させられる。この日、NACK5スタジアム(大宮公園サッカー場)では中村俊輔のFKが炸裂することになるのだが、この時点ではまだ誰も知らない。

大宮宿も浦和同様まったく宿場町の雰囲気はない。上尾駅前に「中山道上尾宿」という表示が出てくるまで、特に「らしい」ものはなく、淡々とした散歩が続いていく――ちなみに、今回の行程の旧中山道は、すべて国道17号(現在の中山道)とJR高崎線と並行する「県道」だった。一度たりとも曲がることなく一直線。だから余計に淡々としてたんじゃないかと思う。

紅花で栄えたという桶川宿、商店街のポイントカードも「べにはなカード」。
活気がめちゃめちゃあるというわけでは(残念ながら)ないけれど、宿場町の風情に加えて昭和の商店街の風情が渾然となってて、なんだか懐かしさも覚える。こういう町こそゆっくり散歩すると楽しいんだよな~と思いつつも先に進みます。

#桶川宿本陣遺構 #桶川宿 #旧中山道 #さんぽニスト

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インスタの複数枚投稿ってやつをやってみたんだがどうだろう。

桶川の先の北本、ここはもともと宿場町だったんだとか。鴻巣が整備されてそちらに宿場が移って、元宿場が元宿、そして本宿という地名が残ったそうな。この本宿の「本」が北本の「本」なんだって。へー。

その移転先の鴻巣は、ひな人形の町。そのぐらいは僕でも知ってる(^^;
で、市内に入っていきなり町名が「鴻巣市人形」。なんかすげえ!!人形販売店や工場、観光館なんかが立ち並び、関係ない店先にもひな人形が飾られてて、その町中が一体になった雰囲気はちょっと感動しちゃうな。
「ひなの里」という観光館は必見。江戸期のひな人形とか、なんかすごいよ。あと、「赤物」というおもちゃ(?)が国の重要無形文化財に指定されたんだとか。これも綺麗だった。

今日はここまで。 #人形の町 #鴻巣宿 #旧中山道 #さんぽニスト

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「こうのとり」だけに安産の神様な鴻神社にお参りして、今日はここまで。
安産関連は現在特に用事はないけどね。もちろん。


今回の行程:浦和宿~大宮宿~上尾宿~桶川宿~鴻巣宿。お昼ごはんは北上尾駅近くのチェーンの牛丼屋さん。県道沿いは焼肉店ばっかりで、みんなどんだけ好きなのよ、って。
ここまでの行程:[1] 日本橋~浦和宿 [2] ~鴻巣宿


2017年11月10日金曜日

さんぽニスト、旧中山道をゆく。その伍

さんぽニスト、新幹線に乗るっ!(笑)
高崎から早めに出発したいと考えると、結局新幹線で行くのがベターという結論に。本当はこの機会に北陸新幹線に乗りたかったんだけど、タイミング的に「上越新幹線とき」になりました。あ、帰路はお安く普通列車で帰ってきましたよん。

前回ほとんど見てなかった高崎宿の散策からスタート。
朝早かったせいもあるのか、とにかく穏やかな街という印象。現在の駅前とは少し離れた場所が宿場の中心だったようで、雰囲気のある建物がいくつか現存している。と同時に寂しい空気もあったりするんだけども。

街を出ると、いよいよ「国道17号沿い」から「国道18号沿い」に分岐。榛名山を右に見ながら西へ。
旧道から18号の豊岡バイパス・安中バイパスに合流するあたり、碓氷川の土手から目線を左の山に向ける。だって気になることがあったんだもん。
上信越道や長野道が開通する前、当時のスキーヤーはこのバイパスを通って信州方面のスキー場に行ってたわけですよ。そのたびに目に入る豪奢(笑)な建造物。旧き思い出のひとつ。
そして今。探すまでもなくいきなり目に飛び込んでくる。相変わらずなんという存在感!

・・・それはさておき、板鼻宿に着くころにはすっかり日も高くなり、見事な秋晴れ。上着を1枚脱ぐ。
遠くに妙義の山々が見えてきた。

板鼻宿を抜けるとすぐに次の安中宿。ほんの数キロかな。
街道沿いが今も町の芯になってるような、つまり町が細長いって感じ。
決して賑わっているとは言い難いけれど、廃れているというのとはまたちょっと違って、古くからこの地域の中心的存在であったんだろうなという風情はしっかりと感じられる、そんな町だった。

#安中宿 #旧中山道 #さんぽニスト

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やがて旧道には杉並木。数は少ないけどなかなか立派。だいぶ枯れたそうで、保全のために若くてまだ小さい木も植樹されてた。
空に向かってしゅっと立つ姿、と見上げる・・・あれ?あれだけ晴れてたのに、黒い雲が・・・。それとともに正面からのアゲインストの風が強くなってきた。脱いでた上着を着る。

そうか、これが上州空っ風か。

くちびるがカサカサするし(笑)、道はじわじわと上り坂になってきてるし。
といっても別にシンドイという感じではないなぁ。さんぽニストとしてのレベルが上がってきたのかしら?

「こんにちはー」

不意に斜め後ろから挨拶をされた。声の主はランナーさん。走り行く背中に向かって「こんにちはー」と返したけど、この街道さんぽをするようになってからランナーさんに挨拶されたのは初めてかも。ほっこりしました。

ふと前を見やると、遠かったはずの妙義山が、そのギザギザまでもはっきり見えるほどに近づいてきた。もう松井田宿だ。

#松井田宿 #旧中山道 #さんぽニスト

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松井田も宿場町の雰囲気はあまり感じられないかな。それよりもすぐ脇の妙義山の迫力たるや。

いよいよ碓氷峠なのか、勾配もそれなりになってきた。国道はなだらかに上っていくけれど、旧道は「何もそんなにアップダウンさせなくてもぉ」という感じ。
でもそのアップダウンよりも、谷底を流れる碓氷川を横にした「崖」の恐怖感!
高所恐怖症的にはかなりヤバイです。こんな崖ギリギリのとこに歩道とか作ってんじゃないよ。まったくもう。このあたりの写真がほとんどありません。だって怖かったんだもん(笑)。

このあたりで気づいたことがひとつ。
とにかく道祖神とかお地蔵さんとか、そういう旅の安全を祈願したであろうものがすっっっごくたくさんあるということ。それだけ碓氷というのは難所だったんでしょうね。
見かけるたびに手を合わせたり頭を下げたり、僕自身の安全と、ついでにちょっとポツポツ来た空模様が最後まで持ちますように祈りました。

今日はここまで。 #碓氷関所跡 #横川 #旧中山道 #さんぽニスト

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そして無事、横川駅前を通り抜け、碓氷関所跡に到着。
「関所に着いた」という事実の達成感、なんだか半端ないっす。峠の本番はこの先ですけどね(^^;

次の坂本宿までそう遠くはないけれど、横川駅が信越本線の終点でもあるし、いい区切りかな。道祖神様のおかげか天気もしっかり晴天に戻ったので、近くの諏訪神社にお礼も兼ねて(?)お参りして、今日はここまでにしておきましょう。



今回の行程:高崎宿~板鼻宿~安中宿~松井田宿~碓氷関所跡。お昼ごはんは松井田手前のバイパス沿いのコンビニでおにぎり。補給を持ってなかったので助かりました。帰りの電車で高崎だるま弁当も。
ここまでの行程:[1] 日本橋~浦和宿 [2] ~鴻巣宿 [3] ~深谷宿 [4] ~高崎宿 [5] ~碓氷関所


2017年1月11日水曜日

さんぽニスト、旧川越街道をゆく。

JR板橋駅。初めて降りた。でも駅前の景色には見覚えがある。
と言うのも、この間旧中山道を歩いたときに駅前を通過してたもんで。そのとき、板橋宿に川越街道との追分があることを知り、じゃあ今回は川越に向かって行ってみるかと。
浦和から「旧中山道その弐」という話もないではなかったんですが、やってきた電車が湘南新宿ラインじゃなくて埼京線だったんです(^^;

「小江戸の街並みを楽しめる都心から近い観光地」という川越についての“僕の”イメージなのですが、結果から言うと・・・

思ったよりも遠かったですぅ(大汗)

川越街道といえば「254(にこよん)」。関越自動車道が渋滞しているときに使う国道っていう印象もありますが(僕だけ?)、正直言ってあまり土地勘があるわけではないです。
知らない土地を歩くのはすごく楽しいものでして。

東海道や中山道に比べると、特に都内はあんまり宿場や街道筋の風情はないですね。下練馬宿に横断幕が出てたぐらいで。
逆に現代の生活にしっかり根付いている町なのかな。たとえば起点に近い東武東上線大山駅前アーケードはそのまま旧川越街道だし、そこから東上線あるいは有楽町線と並行してて、ずーっと商店街というか繁華街というか、そんな感じです。単純に「住む」ことだけを考えたらなかなか良さそうだな、なんてことを思いながら進んでいきます。

埼玉県に入ると白子宿。県境にまったく気がつかなかった(^^;
このあたりから「街道っぽさ」が満ちてきます。

#膝折宿脇本陣 #旧川越街道 #さんぽニスト

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「膝折」ってさんぽニストにはなかなか厳しい地名ですね。

誤解を招くかもしれないけど、家が「おじいちゃんち」っぽくなってくるの。
門扉から玄関までのアプローチの雰囲気とか、玄関脇に農具を納める小屋があったりとか、藁葺き屋根のおうちがあったりとか、うまく伝えられないけど、江戸時代を思うのとはまた別の「知ってる懐かしさ」が感じられて、実に心地いいのです。
中には蔵があるような立派なお宅もあって、それにはまったく懐かしさは感じない(笑)。
あと、どの町でもたばこ屋とパーマ屋の店構えにはなかなかのフンイキがある(^^;


それから思ったのは「空が広い」こと。それとともに「木がでかい」こと。
都内の住宅密集地ではちょっと考えられないサイズの木々が、冬空に伸びいています。眺めているだけでも気持ちいい風景です。

その思いは、大和田宿から長々と続いていく「川越街道の並木」を歩きながら強くなっていきます。
この時季、葉を落とした木がほとんどだけど、それはそれでなんか「凜」とした清々しさもあって悪くなかったな。うん。

この並木が終わるころ、いよいよ川越市に突入。実はこっから中心部までが長かったの・・(涙)。
側溝にコンクリのフタした歩道は歩きにくいし。もうっ。

そんなこんなでようやく川越宿に到着、熊野神社に詣でて「今日はここまで」。

今日はここまで。 #川越熊野神社 #川越宿 #旧川越街道 #ヤタガラス #さんぽニスト

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そのあと少し川越の町中を散策しましたが、そこらじゅうが老若の男女によるデートだったので、くたびれたおっさんのひとり歩きには不向きと判断(笑)、少し日も傾き始めてきたので、芋ようかんを手土産にとっとと電車に乗り込みましたとさ。

時間かかったけど、今回も楽しかったでーす!



(おまけ)おみやげが「芋」なのは:
「栗(九里)より(四里)うまい十三里(半)」と歌われるサツマイモは「川越いも」のことなんだそうですね。恥ずかしながら初めて知りました。
九里+四里=十三里、という話のほか、川越~日本橋間の実際の距離が十一里半で、収穫場所から川越までが二里で合計十三里半ぴったり、という説(?)もあるそうです。街道沿いの立て看板で知りました。

今回の行程:平尾追分~川越宿。ランチはコンビニ補給食。白子宿あたりにおいしそうな洋食屋があったんだけど、あまりに時間が早くて断念。

2023年6月28日水曜日

さんぽニスト、日光御成道をゆく。その壱

日光御成道ってのは、将軍様が日光社参する際に使ったルートで、中山道の本郷追分から分岐して、幸手で日光街道に合流する、だそうです。旧岩槻街道とも。

で、その地図を見てて気づいちゃったんですよね。大門宿の先で、われらが埼玉スタジアムの近くを通るってことに(^^;

ホームゲームに合わせて行ってみますか!


一応、江戸城の大手門からスタートしますか。気分気分(^^;

神田須田町から旧中山道に。このあたり、すっかりおなじみになってしまったな。
神田明神、東京大学と通過して、本郷追分を直進していきます。

実はこの追分から先、王子までは「沿線ぶらりさんぽ~南北線編~」で歩いたところになるんですけど、あのときは夜中だったので、目に映るものがまるで別世界です。

東大本郷キャンパス、六義園(街道からは見えないですけど)、旧古河庭園、滝野川公園、飛鳥山公園と緑も多いし、神社やお寺も多いし、商店街もあったりで、あまりなじみのないエリアではあるんですけど、「いいねぇ」って感じでした。

そうそう。ちょいと寄り道してお参りした、吉祥寺
「あの吉祥寺」には吉祥寺はなくて、その名前の由来になったお寺は、今は本駒込にあります。超くだらない話ですが、「あの吉祥寺」は平板に『きちじょ→じ』って発音しますよね。でも「お寺」という前提で発音してみると「き」にアクセントが来て『き↑ちじょーじ↓』って感じになりますよね。
うん、やはり「あの吉祥寺」には寺はないのだ(←何それ)。

それからインパクト抜群だったのは、西ヶ原一里塚
都内の街道沿いにここまで大きく残ってる(しかも道の真ん中に!)一里塚ってそうそうないでしょう。夜通ったときにはぜんぜん気づかなかったわ(^^;
一里塚の保存にはかの渋沢栄一も絡んでたんだってさ。へー。


赤羽を過ぎ、岩淵宿――宿場の名残を発見する前に通り過ぎちゃってた――の先の新荒川大橋で荒川を渡って埼玉県に。向こう岸が川口宿になります。もちろん宿場ですから、住所は「本町」。
本陣のあったあたりで町の写真を撮ってたら、近所の方々に不審な目で見られたような気がします。なんかごめんなさい。

川口宿を出ると、国道122号線(岩槻街道)そして県道105号を北上していきます。
実はここから先はあんまり景色に変化がなくてねぇ・・・(^^;

宿場の風情も残る静かで落ち着いた鳩ヶ谷宿(ここも住所は「鳩ヶ谷本町」)、宿場ではないのに新井宿(笑)と通過し、東川口へ。
なんだか「沿線ぶらりさんぽ ~埼玉高速鉄道線編~」みたいだね。

ここまで来ると、もうレッズサポ的には「知ってるエリア」です。

茅葺の本陣の表門が残る大門宿、そして東北自動車道を越えれば次第に「赤い人」の姿も増えてきます。
それでは私もさんぽニストからサポーターに変身しますね。



今回の行程:大手門~本郷追分~岩淵宿~川口宿~鳩ヶ谷宿~大門宿~埼玉スタジアム(GoogleMapのマイマップ→リンク)。ランチは、駒込赤羽でらーめんを狙うも混雑で回避。結局川口元郷と南鳩ヶ谷の間の牛丼チェーン。デザートにコンビニでCoolish(うまし)。


2018年1月15日月曜日

さんぽニスト、旧日光街道をゆく。その壱

これまで散歩してきた旧東海道、旧甲州街道、旧中山道とも「峠の手前」までたどり着いています。峠を歩くことは別にやぶさかではないですけども、「それははたして“散歩”の範疇なのか?」(笑)などとも思いつつ、いずれやりたい課題として取っておくことにしました。

というわけで4度目の日本橋です。見慣れた光景とはいえ、ここに立つと「さあ出発」な感じでワクワクしてきますね。
旧日光街道、まずは日本橋三井タワーの先から隅田川のほうへ向かっていきます。

小伝馬町、横山町、浅草橋、蔵前、駒形、そして浅草。
地名を並べるだけで歴史と伝統と格式を感じます。街並みには風情と重厚感があって。あまり縁のない土地柄なのでなおさらそう感じるのかな。

道はやがて雷門前に出ます。
お正月ですし、ちょっと寄り道。仲見世を通って浅草寺にお参りしましょう。
朝っぱらから浅草寺は大混雑。ただし日本人は少ない(外国人観光客のみなさんがやたらに目立つからそう感じるだけでしょうが)。

参拝した後は、手厳しいことで有名(?)なおみくじを。

どーん。大吉っ。
これを引き当てたことで運を使い切ったような気がしないでもないですが、「願い事は三つ叶う」だそうですよ。ドラゴンボールよりすごいですよ!

なんだかとっても晴れやかな気持ち(笑)で浅草をあとにします。
それにしても、東京スカイツリーは浅草界隈のどっからでも見えてそのたびに写真撮りたくなるんだよなー。美しいかどうかは別として存在感はすごいです(写真撮るとその迫力がなくなっちゃうんだけどね)。

ずーっとまっすぐ北上してくと、最初の宿場、千住宿に入ります。

#千住宿 #旧日光街道 #さんぽニスト

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千住って町はうまく言葉にできないけど、なんだかすごくおもしろい。
もともと大きい宿場町(大まかには現在の北千住駅を中心に、隅田川の千住大橋から荒川の千住新橋までって感じなのかな)ということもあるのかもしれないけど、やっちゃ場から脈々と続く活気、地元を盛り上げようとする気概みたいなもんが湧き出てくるような印象で。きっとこの町に一日いても楽しいに違いない、そんなことも思う。
ま、今日は先に進むわけだけど(^^;
あとは「奥の細道」がらみで松尾芭蕉を猛烈プッシュしてましたね。

そういえば千住近辺って線路がやたらに多かったな。南千住で交差しただけでもJRの貨物線(隅田川駅)、日比谷線、つくばエクスプレス、常磐線。ほかにも京成本線、千代田線、東武スカイツリーラインも走ってるから相当だ。鉄分補給にはもってこいです。たーのしー。
一方で川も多いんだよ。これはちょっとやなんだよ。だって橋渡るの怖いんだもん(←高所恐怖症)。

千住からしばらくは、「僕の脳内イメージの下町」にピッタリはまるような住宅街を進んでいくんだけど、埼玉県に入ったとたん、その下町が「ベッドタウン」に変貌したような気がした。大型マンションとか建売住宅とかね。まあ気のせいかもしれないけど。

そしてそこはもう草加宿。忘れないうちにおみやげの草加せんべいを買いますかね。お店オススメの炭火固焼き・天日干し、というのを購入。逆に言うとスペシャルな特徴があるわけではなかったり(^^;

#草加宿 #旧日光街道 #さんぽニスト

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神明庵っていう旧家を改装した観光案内所の前で立て看板を読んでたら、中から地元の方とおぼしき和装のおばちゃんおばさまが登場してきて「どうぞ休んでってください」と甘酒をご馳走になるの巻。
北風ぴゅーぴゅーだったので見も心もほっこりしました。おばちゃんおばさまありがとー。といってもきっと歳はそんなに離れてないはずだ(爆)。

草加宿を出たところで、街道は綾瀬川のほとりを進むことになるのですが、ここが今回の散歩の最大のハイライト!!
恥ずかしながら全然知らなかったんですが、約1.5キロも続く「草加松原」。その緑がとにかく鮮やかでまさに目の保養です。そして川の青との対比も美しく、おまけに防風林の効果もあるだろうか、冬の寒さも和らいだような。散歩よし、ジョギングよし、まさに市民の憩いの場所っていうんでしょうかね。
すごく素敵なエリアでした。

#草加松原 #旧日光街道 #さんぽニスト

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草加松原が終わっちゃうと・・・実に淡々とした道が続く――中山道でも見たことあるぜーみたいな風景だ。まあ当然だろうけども。

ちょっと飽きてきた(?)かなというところで、ようやく武蔵野線のガードをくぐって越ヶ谷宿に。
ちなみに宿場の名称は「越ヶ谷」のようですが、市の名前や駅名は「越谷」。ただし、越谷市「越ヶ谷」という地名もあった。こういうのって難しいよなー。四谷と四ツ谷とか、霞ヶ関と霞が関とか。

越ヶ谷宿には古い屋号を残した建物が点在してて、それが宿場の風情を醸しているとも言えるけど、言葉悪いですがちょっとボロくてさ、寂しさもあったり。

今日はここまで。 #越谷宿 #北越谷駅 #旧日光街道 #さんぽニスト

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そんなわけで今日はここまで。
それはそうと、冬のお散歩はお肌かっさかさです。保湿大事、ね。



今回の行程:日本橋~千住宿~草加宿~越ヶ谷宿。お昼ごはんは梅島駅前の中華料理屋でチャーハン。もちろんビールはなし。
ここまでの行程:[1]日本橋~越ヶ谷宿


2017年4月28日金曜日

さんぽニスト、旧甲州街道をゆく。其の壱

本当は旧中山道の続きを歩くつもりで鴻巣に向かってたんだ。でも少々(だいぶ?)寝坊してしまったせいで歩き始めが遅くなりそうだった。なので急遽予定を変更してみたび日本橋へ。

日本橋からはまずは皇居のほうに向かうんだけど、使っている街道歩きサイトに従って進んでると、「ん、ここ道ないよ?」という場所に。

東京駅八重洲北口。

ちょっと悩んだ(笑)けど、考えるに駅のほうが街道よりも後からできたということだろう。駅構内の自由通路をずんずんと進んで丸の内北口へ。それでいいに違いないということでいいかな(^^;

和田倉門のとこからお堀に沿ってほぼ半周、半蔵門へ。
多くのランナーさんたちを避けるために道の反対側を歩く。帝国劇場、日比谷公園、合同庁舎、警視庁、国会議事堂、最高裁判所、国立劇場。ちょっとした観光気分。
それよりも強く印象に残るのは「本当に緑がきれい」ということ。

まさに新緑の季節。都心は本当に緑が多いし、この日はまばゆいばかりの青空。この緑と青の風景の中に、わずかにまだ咲き残る桜色。木漏れ日。

はあー。いいきもちー。これぞ散歩の素敵なところ。

半蔵門で新宿通りに折れて西へ。麹町、四谷と抜けて(頭ではわかるんだけど、四谷駅でJRと直交するのが違和感)、新宿御苑を横目で見つつ最初の宿場町の内藤新宿(ないとうしんしゅく)へ。ま、ずばり新宿ですけど。で当然のように宿場町の名残など欠片もない(笑)。ここも宿場よりも鉄道が後なんだろうし。


歩きながら思ったんだ。「新宿って威圧的」と。ビル群がデカくてゴツくて垂直方向に威圧的なのはもちろん、なんだか街の持ってる雰囲気そのもの――あえて言えば水平方向にも――にも圧力がある。そんな気がした。

新宿から高井戸宿までは現状の国道20号線を進む。何度も車で走っている道だけど、車と徒歩は大違い。知ってるようでまるで見たことのない街なんだなと思ったり。首都高から見えるあの看板のビルはこれかぁ、なんてね。実際、オーバーパスとかアンダーパスで見たこともないとこもあるしねー(^^;

朝は日陰に入るとひんやりしてた空気が、初夏の空気に変わってきた。羽織ってたトラックジャケットをデイパックに押し込んで先へ進みます。水分補給もしっかりと。

高井戸宿(ここも名残ゼロ)からは旧道へ。京王線の駅にも近い旧道は穏やかな空気の流れる生活道路。暮らしやすそうな都会の住宅街って感じが続いていく。
仙川あたりから国道20号線に戻ると新緑の並木がそれはそれは心地いい――この並木、ものすごく立派なけやき(たぶんw)だけど、いつごろ植えられたものなんだろう。もしかしてTOKYO1964のころかな?なんて思いながら(この道路はマラソンコースだった)。

そんなに歩いた気がしてないんだけど再び旧道に戻って、国領、布田、調布、西調布。このあたりが布田五ヶ宿と呼ばれているそうな。ご想像どおり、ここも宿場の名残はまっっったくなし(^^;
今回の行程では道祖神らしきものがいくつかあったのと、一里塚の「跡」を見かけただけ。実に「現代」の東京でした。

常性寺の成田山調布不動尊にお参りした後、もう少し先へ進もうかな、と思ったんだけど「めっちゃアウェイなところ」たどり着いてしまったので、今日はここまで。


あ、おみやげ買わなかったな・・・調布みやげってそもそも何?



今回の行程:日本橋~内藤新宿~高井戸宿~布田五ヶ宿。お昼ごはんは桜上水の讃岐うどん屋さん。腰が強くて喉越しよくて、たいへんおいしゅうございました。

2019年4月24日水曜日

さんぽニスト、旧水戸街道をゆく。その壱

中山道で群馬には行きました。日光街道で栃木にも行きました。
ならば今度は茨城!と思ったり思わなかったり――さんぽニストは新たに旧水戸街道を歩き始めました。
江戸五街道ではなく脇街道ではありますが、そこそこ大きい街道だから、まあATPマスターズ1000みたいなもんだな(笑)。

*  *  *

出発点は日光街道の千住宿。ここから分岐していく。すぐに荒川に突き当たるんだけど、橋がないので、結局日光街道さんぽでも通った千住新橋を渡ることに。
荒川放水路の整備に伴って、この部分の旧水戸街道は「消失」ということになってるらしい。

ぐるりと迂回して、巨大な東京拘置所の脇から本格的にスタート。拘置所の中にはあの著名人もいたのかな。

小菅、堀切、亀有、綾瀬・・・名前は知ってるけどよくは知らない場所。
細い道、電柱に電線、けっして大きくない2階建て民家、そして団地。「ザ・下町だな」と思う。勝手な僕のイメージだけど。
街のそこここに「両さん」を見かける。葛飾は翼くんやら寅さんやらキャラの宝庫だけど、両さん以外を見かけなかったのは場所柄かしら。

綾瀬川、中川と渡ると最初の宿場、新宿(にいじゅく)に着く。
といっても何か残ってるわけじゃなくて、道がコの字になって寺とか神社を回り込むようになってるぐらい。
甲州街道の新宿にあった宿場は「内藤新宿(ないとうしんしゅく)」だったな。区別するためかな(適当)。

新宿を通過して金町を抜けると江戸川に出る。
しばらく土手を北上して葛西橋を渡ると千葉県、下総国。県境はテンション上がるぅ~(笑)。川いっぱい渡ったなぁ。
そしてそこは松戸宿。



松戸の街は大きいなぁ(雑な感想)。
やたらにらーめん屋が目につくのは「とみ田」のイメージによる思い込みだろうか。あるいは「二郎」の看板のインパクトか。
給水に立ち寄ったコンビニの中でとみ田の映画が告知されてた。なんかすごいぞ、松戸。

松戸って実はけっこう丘陵地で(ってそんなこと全然知らんかったわ)、そこを宅地造成したんだろうなという家々が並ぶ。なんとかヶ丘みたいな名前もあちこちで見かけた。
それはすなわち細かいアップダウンが多いってことで・・・ちょいとしんどい(笑)。

北松戸から馬橋、このあたりには「東葛」という名前が色濃く残る。東葛飾の意だろう。古い道標にはまんま「葛飾」という表示もあった。
ざっくりとこのあたりも葛飾と呼ばれていたという認識はあったんだけど、帰宅後に改めて調べてみたら・・・なるほど。もともとの葛飾は千葉側(といっても超広範囲)で、現在の東京都葛飾区は、そこから分かれて「東京になった」とこ、ということか。元の境は江戸川ではなくて荒川か(それはそれで納得)。葛西は東京ですもんね(西葛西って「葛飾の西の西側」かw)。へー。勉強になりました。詳しくはWikipediaでも見てちょ。→リンク
そうそう、葛飾の「葛」の字の話は葛飾区のHPに詳しい。

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#小金宿 #旧水戸街道 #さんぽニスト

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小金宿は小さな宿場町。もちろんベッドタウンとしての顔はあるんだろうけども、どこか懐かしい感じが漂う。穏やかというか。
町の小さな酒屋さんの店先に「地元の酒屋がお勧めします『小金宿』」みたいなお酒を紹介する手書きポスターがあって、猛烈に吸引されたんだが、酒瓶を背負って歩くことを考え、泣く泣く断念(^^;

小金を出ると柏市に入る。両側のお店も「~南柏店」になった。

・・・あれ?

いつの間にか流山市だ。柏じゃないじゃん。千葉県内の地図が脳内で混乱。
結局またすぐに柏市に戻るわけだけども(^^;

南柏駅前を通過し、そして柏駅前へ。やはり大都会。
今回歩くことになって、柏が宿場町ではないことを初めて知った。僕の少ない経験上、街道沿いで大きな街というともともと宿場町だったところばかりだったので、ちょっとした驚きがあった。どういう生い立ちなんだろう。いや、調べてないけど(^^;

千住を出発した段階ではなんとなく「柏ぐらいまでかな」と思ってたんだけど、思いのほか早くたどり着いてしまった。気候もいいのでマイ・コンディションも良好。宿場町という区切りでもないし・・・もう少し先に行ってみよう。

柏の中心部を出ると住宅地が広がる。マンションの姿はほとんど見えず、ほぼ戸建てだ。交通の便のいい柏なのにちょっと意外・・・そういえば去年親戚が柏に家買ってたな、とか思い出す。

そして細かなアップダウンは続く(笑)。最高到達点は北柏駅あたりだったかも。

ふと街道沿いのバス停のデザインが変わったことに気づく。「あびバス」。我孫子市に入ったのか。
国道6号線と交差すると、今度は急に巨大マンション群が見えてくる。柏が戸建てなら我孫子はマンションなんだねー。いやそれは違うぞー、というご意見お待ちしてます(^^;

この日3度目の常磐線の跨線橋を渡り(ついでにちょっと撮り鉄して)、我孫子宿に。
本陣跡など、街中をぐるりと回って駅前に。今日はここまで。次回は手賀沼も見てみようかな。

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今日はここまで。 #我孫子宿 #我孫子駅 #旧水戸街道 #さんぽニスト

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我孫子駅前のビル「ABBY COURE」。“あび”はまだしも“ABBY”はちょっと頑張りすぎなような気がするぞよ(^^;



今回の行程:千住宿~新宿~小金宿~我孫子宿(→GoogleMapsのマイマップ)。お昼ごはんは以前テレビで見て気になってた柏のカレーライス専門店。せっかくだからと行列に並んでランチに小一時間かけた。
ここまでの行程:[1]千住宿~我孫子宿


2023年6月21日水曜日

さんぽニスト、旧東海道をゆく。其の十一

梅雨の中休み、急に思い立って東海道さんぽに行ってきました。前回ゴールの島田宿からのリスタートです。

島田を出ると、何はともあれ“越すに越されぬ大井川”です。
「大井川川越遺跡」(かわごえ、ではなく「かわごし」なんだってを横目に土手に出て、そして大井川橋の袂へ。

なんと長い。そしてなんと細い歩道。しかも足元左右から下が見えるじゃん・・・高所恐怖症にとって、本日最大の挑戦が今始まる!!(←大げさではなく、マジで)

風対策で帽子は脱いで握りしめ、目線はとにかく前。できるだけ欄干に近づかないように歩道の中央を、お尻ムズムズぞわぞわしながら進むこと約10分(!)、ようやく向こう岸、遠州へ。弥次さん喜多さん、俺、渡りきったよ!怖かったけどがんばったよ!!


土手を降りて向こう岸の宿場、金谷宿に入ろうというところで「ぽーーーーーっ」という汽笛が聞こえてきました。
そう、本日最大の目的が、大井川鐡道の新金谷駅で「きかんしゃトーマス」を見ることなのです!
だから島田宿の出発時刻もちゃんとそれに合わせて逆算しておいたのです(^^;


定刻10時38分、発車の汽笛が響く。あとはスマホの赤い動画撮影ボタンをタップするだけ――が、『本体の温度が上昇したためカメラ機能の一部は使用できません』というメッセージとともに唐突にカメラアプリが落ちました。トーマスは固まった笑顔でゆっくりこっちに近づいてくる。アプリは立ち上がらない・・・・「いってらっしゃーい」と手を振り見送るだけの私でした(号泣)。
興奮してたのかずーっとカメラ起動した状態で、しかも握りしめてたからなぁ。気温もめちゃくちゃ高かったし、それで熱暴走したんだろうなぁ。くっそー、よりにもよってこのタイミングで。いつか必ずリベンジしてくれる。待ってろトーマス(早く全線復活するといいね)。


そんな感じでややへこみ気味なメンタルのまま金谷宿を通過、JR金谷駅の脇から急激な上りが始まりました。
実は今回、大井川とトーマスのことばっかり考えてて、歩くルートのことをあまり考えてませんでした。アップダウンがありそうなことはある程度イメージしてましたが、まさかこんなに急勾配だったとは・・・
直線的に急勾配の金谷の石畳を上り(ふうふう)、直線的に急勾配の菊川の石畳を下り(はあはあ)、ようやく間の宿の菊川に入りました。うん、間の宿の必要性を痛感(笑)。

【間の宿菊川でのエピソード】
菊川の案内看板を見ていると、ショッピングカート押した腰が直角近くに曲がったおばあさんに声をかけられました(相変わらず「声かけられがち」な私)。
「どこから来たの」島田からです。「家は」東京です。
「あー東京・・・そう・・・だわね~」(方言なのか何なのか、半分ぐらいしか聞き取れず)
「(看板に書かれた昔の住人の名前を指しながら)・・・じろうで四代目・・・じろうは左さんずいで・・・が間違えて・・・」(さんずい・・あ「治郎」か。でも二郎さんちも次郎さんちも看板にないんだよなぁ)なるほど、四代は長いですね~。
「このあたりは、島田市・・・榛原郡だったかから」ああ、合併したんですね。
「こどものころは・・・歩いて・・・学校・・・バス・・・よ」(たぶん今は通学にバスが使えるけど昔は歩いてたってことかな)そうでしたかー、大変でしたね。
「・・・が・・・で・・・・ね」(いかんだんだん早口になってきた)そ、そうですねぇ(生返事)。
ではそろそろ先に進みますね。どうぞお元気で。「・・・ねぇ」(もう少し話し相手になってあげればよかったかしら・・・)【ここまで】

菊川を過ぎると今度は「小夜の中山」の峠道。まさかこんなに急勾配だったとは・・・(本日2度目)。舗装してあるので歩きにくいということはないけれど、それにしても急。
でもね、目に映る茶畑の景色がそれはそれは綺麗でね。息は上がるけど目には保養(^^;

1キロばかり上ってきただろうか。ようやく峠の頂点に。
峠の茶屋「扇屋」のおかみさんが出てきて、周囲の案内やこの先の道のことなど、いろいろと教えてくれました。おみやげものも売ってたみたいだけど、そんなことおくびにも出さず・・・商売っ気なさすぎだろうに(^^;

峠道はゆるゆると下っていきますが、おかみさんに言われてたとおり、沓掛というあたりから一気に下り斜面が急になります。その斜度のまま「二の曲り」というつづら折りも。よくぞこんな道作ったな、と妙な感慨を味わってると・・・。
写真を撮ってみるも、斜度って写真に残らないよね・・・。なんで、イメージ的にはさすがです!な広重の絵でも見てくれ。まんまこの感じだから→Wikipedia『東海道五十三次之内日坂宿

【二の曲りでのエピソード】
峠の茶屋あたりの案内看板に書かれてたとおり、このあたりは道幅といい斜度といい確かにここはクルマは無理だな、と思いつつ下ってたら、道の端っこに新しいタイヤ痕が。んー?なんだろ?と思いつつさらに下っていくと、100メートルほど下の視界が開けたあたりに、豪快に脱輪してる軽ワンボックスが。このクルマのタイヤ痕か。
若いおにいさんがタイヤ周辺でごそごそやってます。「あの・・・脱輪っすか?お手伝いできることあります?」って聞いたところ、なんでもこの急坂を上ろうとしてたら、急勾配すぎてエンジンストール(なんと。でもそらそうかという気も)、そのまま下がってきて脱輪したんだとか。ただ上手に(?)脱輪してるんで石をかませれば脱出できそうなんでダイジョブです、と。ホントか?と思ったものの、やたらにさわやかな笑顔でそう言われたんで信じることにしましょう。
おにいさん「地元の方っすか?」ぼく「いえ、東海道をさんぽしてて」おにいさん「へぇ、がんばってくださいね」ぼく「いえ、あなたこそがんばってください(おまえががんばれよ、の意)」。
無事に脱出できてたらいいのだけれど。つか、あの道上るのは無理よ。【ここまで】

国道1号の高架をくぐって県道を渡ると日坂宿に入ります。
にっさか、ってめっちゃ重箱読みっすね。個人的には「日」は「ひ」と読みたくなりますが(^^;


決して大きい宿場ではないですけど、穏やかな町の空気と往時をしのばせる建物・・・・いいっすね、ここ。フォトジェニックって言ったら失礼かもしれないですけど。

日坂宿を出ると、逆川沿いに掛川宿に向かって緩やかに下っていきます。
大半が県道(国道1号線の標識もあったので、バイパスができる前は国道だったとか?)で、ぽつぽつと建物があるだけなんで、キョロキョロとしながら歩いてても変化に乏しくて、なんと言うか、少しばかり退屈(失礼)。

それでもだんだんと家の数が増えてきて(逆に1軒あたりの敷地が狭くなる)、背の高い建物が見えてきて、町が近づいているなという実感。そして「七曲り」を経由して掛川宿のエリアに入っていく。

七曲りのようにカクカクと曲がるのは城下町のお約束ですよね。せっかくなので掛川城に寄り道しましょうか・・・あ、入場料取られるのか。天守閣(日本初の木造復元天守閣、だそうです)も見えたし、「四足門」のところでUターン(^^;


掛川と言えば『トシ、サッカー好きか?』だよなぁ、やっぱり。え?知らん?

日中かなり暑かったから、ちょっと疲れもあるかな。いや、まだ平気だよ、そう身体が言うので、先へ進みましょう。

日坂から掛川の区間と同様に淡々とした道を進んでいる感じだったのですが、間の宿原川周辺、それから袋井市に入って市街地に入ろうとする直前あたり、旧東海道には松並木が保全されていました。正直小田原の松並木より全然立派かと。

うんうん。これぞ旧街道だよね。いい気持ち~。

とか言って上ばかり見て歩いてますと、松の根っこが歩道のアスファルトを押し上げてて、それにつまづいて転ぶからな、気をつけなはれや。

袋井市役所の前を通過し、「東海道どまん中茶屋」という名前の観光案内所のとこから袋井宿に入ります。
そう、ここは日本橋から数えて27番目、京都三条から数えても27番目の宿場町。「どまん中」なのです。


ついに半分来たよ。いや、まだ半分しか来てないのか。
ちょいと複雑な感じではありますが、そろそろ帰らないと。「東海道の半分歩いた」という事実を胸に、今日はここまで。


【袋井駅でのエピソード】
帰りはぜいたくにも新幹線を使いましょう。駅員さんのいる窓口できっぷ買うのって超久しぶりだわ~。自販機なかったよね?
ぼく「東京都区内ゆきの乗車券、それから静岡から品川までの新幹線自由席ください」
駅員さん「はい、こちらカードの利用控えときっぷ2枚、乗車券と新幹線の自由席券です」
自動改札にきっぷを通して、熱海行きの在来線に乗り込む。「あれ?」何か違和感があるぞ。脳内で間違い探し・・・・。
アナウンス「次は掛川、新幹線ご利用のお客様はお乗り換えです」
あ!!!
新幹線のきっぷには間違いなく「静岡-品川」の文字。違うじゃーん(泣)。窓口で掛川って言わなきゃいなけかったのに静岡って言っちゃってたよ・・・(@_@)・・・・そのまま何事もなかったフリして静岡まで在来線で行きました、とさ。【ここまで】

今回の行程:島田宿~金谷宿~日坂宿~掛川宿~袋井宿。ランチは「扇屋」のおかみさんに教えてもらった「道の駅掛川」に寄り道して。ほかに食べられそうなところがまったくなかったので助かった。自然薯を使ったとろろ丼がものすごく美味くて元気出たぞ。おみやげは静岡駅の乗り換え(笑)で買ったお茶のクッキー。