2026年7月22日水曜日

チルド。

♪エニー エニー エニーマートーーー

薄く流れる店内ジングルが頭の中から離れてくれない。その音が脳内で再生されるたびに、心臓がバクバクする感触がある――。

映画「チルド」、鑑賞してきました~!
封切初日の夜の回、劇場はかなりの入りだったと思います。
なんで初日に勇んで行ったかというと、あまり詳細には書きませんが、岩崎裕介監督のご家族とは旧知の間柄でして、岩崎監督自身とも少々ご縁があったということで。

公式サイトの「INTRODUCTION」の冒頭を引用させてもらいます。
“舞台は東京の片隅にあるコンビニ〈エニーマート倉冨町7丁目店〉。
小さな社会で起きたわずかな歪みをきっかけに、世界は終わりへと向かっていく。”

以下、公開直後にもかかわらずかなりネタバレを含んでしまっていますので、ご注意いただければと。



劇場を出て駅に着いて電車を待ってる間、なんだかずっと心臓がバクバクいってる中、その「ホラーの正体」について考えてた。決してわかりやすいタイプの作品ではないので。

もちろんビクっとさせて驚かせるような(ハリウッド的な?)シーンもあるのだけど、それとは別に空気の中に漂っているような怖さの正体。
もう少し言うと、「フローズン」のような凍り付く怖さではなくて、ゆるやかに冷たくなっていく「チルド」なホラーの正体を。

いろいろ反芻してみてひとつ思い当たったのは、一番怖いのは「無関心」ってことじゃないのかな、ということ。違和感(INTROの言葉を借りれば「わずかな歪み」に対する無関心。
強く言い換えれば、「自分がいいんだからそれでいいでしょ、迷惑かけてないし」的な他者への配慮のなさ。

その無関心とは自己顕示欲とか承認欲求に象徴されるSNS時代のひとつの側面でもあるようにも。

作中いちばん衝撃的に、かつ明確に怖かったのは「サバの味噌煮」のシーンだと思うんだけど、あれをより怖くさせていたのは、未来や夢を語る者たちにはその衝撃の場面が目に入らないということ。自らが幸せであれば、ほかのことは目に入らないというか、入ってこないというか、近視眼的になってしまうというか。
あのシーンから「無関心の恐怖」なんてことを思ったの。
ちなみにあの「サバ」のシーン、冒頭の『レジ袋いらないって言いましたよね』からつながってますよね。

ほら、ラストの惨状の中、彼女と仲良く電話してた幸せな店員さんが何も目に入っていないかのようにゴミ捨てに行ってたでしょ。

店長のさかいさんだってそう。おがわさんのことに気づくまで、何も見えてなかったじゃない。不幸があったから店長になったのに、その原因についても恐ろしいまでに無関心。キッシュ屋のことも、ウザ絡みしてくる同僚のことも。自分のことしかまったく見えてないんだもの。
染谷将太の表情の「幅」の演技が一番の恐ろしさかもしれん。すごい役者さんや。

その無関心をきっかけに、“世界は終わりへと向かっていく”のか、とそんなふうに思う。

・・
・・・

作品の内容とは無関係なのかもしれないけれど、さかいさんが父親に向かって問いかけた言葉。


これが脚本も担当した監督が実は一番言いたかったことなのかもしれないね、などとエンドロール(のSpecial Thanksのところ)を見ながらぼんやり思うなど(^^;
父親は『そこにあったからだ』と答えていたが、作中に二度出てくるこのセリフの意味は測りかねていたりする。

♪えにー えにー えにーまーと・・・・・


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