わかってる。これは嫉妬だ。彼に対するやっかみなんだ。
仕事を始めて3年目、とある案件を初めて任されたときに協力会社の担当として現れたのが矢野シンゾウだった。年齢は1つ上だが学年は同じ。互いに似たような立場だったし、仕事という共通の目的もあり、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
打ち合わせと称してはよく酒を酌み交わした。SBに矢野を連れて行ったのもそのころだ。
俺との案件が終わって半年ほど経ったころ、転職したと矢野から連絡があった。それは仕事上の関係性に終止符が打たれ、友人としての関係性がスタートした合図でもあった。
矢野はとにかくアクティブだった。しょっちゅう合コンのような場をセットし、あるいは俺にもセットさせ、夜も休日も動き回っていた。若かったのか、矢野のノリの良さというか、振り回される感じすら心地よかった。
だから、矢野の呼び出しにはいつでも応じていた。矢野が俺のことを「断らない男」と呼んだのはこのころだが、当時はそれも嫌じゃなかった。
アクティブなのはプライベートだけじゃない。
キャリアを積むことには躊躇がない。その決断をする瞬間には狂気とも思える計算高さを見せた。
「一浪してるときにさ、取り残されたというか、同級生たちが先に進んでしまったような気分だったんだよ。自分に腹が立ったね。だから止まらない。どんなことしても、追い抜いてやるって決めたんだ」
思えばそんなことも語ってた。表情は怒っているようにも見えた。明るく楽しいだけじゃない、矢野が見せるもうひとつの顔だった。
俺が自分を成長させようとする動機すら見つけれらず、しがみつくように同じ仕事を繰り返しているうちに、矢野は一足飛びに階段を上っていった。
いくつかの職場を経て、そして起業。事業は順調らしい――具体的に何やってるなんて聞いたこともないけれど。その後に結婚した相手はどこぞのお嬢様で、俺も出席した披露宴は、いやらしいほどに重厚長大だった。
今度は俺が取り残された、そう思わなかったと言えば嘘になる。披露宴は居心地が悪かった。
さすがに会う頻度は減ったものの、それでもときどき思い出したように誘いの連絡が来る。
本人は気づいてないだろうが、矢野にはメニューの値段を見ないで注文してしまうようなところがもともとある。そして今や「彼にとっての」普通の店でなら、そうしても特段困ることはないんだろう。もちろんおごってほしいわけでは決してない。だが、いざ割り勘なんて話になったときに、しがないサラリーマンにとっては、なかなかの金額だったりしてしまう。
言ってみれば大したことじゃない。でも――そのたびに、心の中が小さく軋んだ。
そう。成功者としての矢野をうらやんでいるだけではなく、成功者の持っているものをうらやんでいる。
うらやんでもしかたないのに、自分が悲しくなるだけなのに、他人の財布の中身をうらやむ。
年齢とともに時間とともに、そうした感情が澱となって俺の中に徐々に積み重なり、少しずつ関係そのものを塗りつぶしていったのだ。
だけど一方で、この関係を失いたくないという気持ちも、強く持っている。当然だ。矢野といた時間を否定するつもりもなければ、矢野本人が何かしたわけでもないのだから。
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