もちろんその人物がとんでもないスーパースターであって、音楽そのものに与えたインパクトが巨大で、そして若くして亡くなって、という「基本情報」は知っている。
でも当然ながら世代ではないし、数々のヒット曲も後追いで知っただけだし、何よりその「音楽そのものに与えたインパクト」がすでに世界に広がってしまった後のことしか知らない僕にとって、やはりエルヴィス・プレスリーは“知らない人”だったんだな、と思う。
何せイメージは「白いキラキラで襟がめっちゃ高くて腕から縄のれんが下がってる衣装を着たリーゼント+モミアゲで小太りのスター」だけなんだもん(^^;
というわけで、今回今さらながらに見てみた映画は「エルヴィス」です。
すんごく雑に言うと、めっちゃおもしろかった!!
この作品は「ボヘミアン・ラプソディ」や「ロケットマン」と同じように「音楽と伝記」だと思う。
黒人音楽と白人音楽との融合(とそれに伴う人種差別と闘っていく姿勢も含め)、もちろん「あの」パフォーマンス――あたかもそこにいたようなライブ感のある映像・・・・とにかく絶品で、かっこよくないんだけどものすごくかっこいい(伝われ)。こんなの現れたら、そりゃあ失神しますって(笑)。
でもこの映画で描かれるのは、そのスーパースターそのものだけではなくて、光と影というレベルをはるかに超え、明らかに2人めの主人公として君臨・暗躍し、そしてエルヴィスをかごの鳥にしてしまおうとする「大佐」の姿。
プロデューサーとして、プロモーターとして間違いなく優秀な人物なのだろう。彼がいなければエルヴィスは存在しなかった、かもしれない。
だけどとんでもない嘘つきでペテン師であることも確かで。なんやねんこいつ!
50%ふんだくってたってとんでもない!(驚愕)
つまり、もっと音楽バリバリ映画かと思いきや、なのである。そして、それがいい。
音楽だけなら、エルヴィスのあのスタイルを確立するまでの話をもっともっと描くべきだろうしね。
――エルヴィス・プレスリー、彼の存在という奇跡はこの映画で再認識されたのだと。
ただ、唯一「?」だったのは、エンドロールのときになんかヘンなラップかかったのよ。エルヴィスの曲でいいじゃん。なんでなん。
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