2024年8月30日金曜日

翳りゆくひと。[053]


[053]

そんな折、ながいきセンターのセイコさんからメールが届いた。

『3月26日にお母様のところに伺いましたが、先月よりも物忘れが進んでいるようです』
『家の中は散らかっていましたし、果物なども腐らせているようでした』
『買い物に行かれても同じものを繰り返し買ってしまうのか、ミニトマトが大量にありました』

2月に自分の目で見た様子よりも、さらに生活が荒れているということなのか。
それにしてもなんだろうミニトマトって。やたらに飲んでる野菜ジュースじゃないけど、食欲なくてもビタミンは、みたいな意識がどこかにあるんだろうか。

『ご本人は調理はしているとおっしゃっていますが、その様子はあまりなく、カステラやパンなどすぐに食べられるものがテーブルの上にありました』

買い物に行く、献立を考える、調理をする、食事をする、片付ける――そうしたサイクルが崩れると、生活のリズムそのものも一気に崩れてしまうんじゃないか。
セイコさんも『刺激のない生活で物忘れが進んでいる』、と。

それ以外にも、薬の飲み忘れで治療が継続できてないとか、通院そのものを忘れているといったこともあるようだ。セイコさんが改めてクリニックの予約を4月2日に取り直してくれたそうだ。

そしてセイコさんからのメールはこう結ばれていた。

『施設入所の方向でSS社のイワキさんとやり取りされていることは聞いています。自宅の売却には息子様のお力が必須であり、急がれたほうが良いと思います』

心配は尽きないが、心配だけしててもしかたがない。少なくとも施設に入るまでは健やかにいてもらわないとならない。
わたしはあっちゃんに電話をかけた。4月1日のことである。

「元気?」
『だらだらしてるばかりで。今日もマサさんのところ行かなかったし』

これはもしかしたら、ずっと行ってないのではないだろうか。

「薬はちゃんと飲んでる?」
『飲んでるわよ』
「セイコさんから飲み忘れてるって聞いてるけど?残り何日ぶんあるか数えてみて」
『10日分』
「明日病院だからね。10日分あるってことは飲み忘れてるんだよ。明日は忘れずに病院行ってね」

声だけの印象だけど、やはり弱ってる、という感じがする。とにかくちゃんと通院は続けてもらわないと。
前の日の電話だけじゃ心許ない。翌4月2日の昼にも電話をかけた。

「今日病院の日だからね」
『そうだったかしら?』
「先月の25日の予約を忘れてて、セイコさんが予約取り直してくれたんだよ」
『そうなの?行くの忘れてたことなんてあったかしら。どこの病院?』
「△△病院だよ。いつも通ってるところ。午後4時の予約だから、今から準備すれば間に合うでしょ」

通院、ちゃんと行けたかな。行けてるといいな。

そして数日後。

あっちゃん、マサさん、それぞれとSS社との面談の日がやってきた。

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