2024年9月8日日曜日

翳りゆくひと。[054]


[054]

あっちゃんマサさんとSS社との面談の内容は、すぐにイワキさんからメールが来た。

『お母様、老人ホームへの住み替えに理解をいただきました。外出ができるようなところがいいとの希望もいただいています』

この感じ、あっちゃんの「ものわかりの良さを演じる外面の良さ」ではないだろうか。わたしにはそれが逆に心配ではあったが、これもまた半歩前進と思うことにしよう。

『お父様とも、弊社社長同行にてお話しさせていただきました。判断能力については問題ないと存じます』

そうなの?とは思うものの、不動産売却という問題があるので、ここはうまく進んでいるという理解をしておこう。
そういえば証券口座の現金化のときにも同じようなことがあった。何事も足を運んでもらって対面で確認してもらった、おそらくその事実が重要なのだ。

この面談を経て、施設の絞り込みが進むことになる。ただしふたりの「介護度」に差があるので、そこをどう考えるか、ということがひとつの課題になりそうだった。
その点も踏まえ、わたしはイワキさんとの電話ミーティングを行った。もちろん費用面も含めた話である。

『部屋の空き状況なども考えて、おおよそ3つの施設にまで絞り込みました』
「助かります」
『ひとつめがパンフレットをお送りしている介護付き老人ホームです。終身の契約と3ヶ月毎の契約が選べて、当然終身契約のほうがイニシャルコストはかかりますが、たとえば病院に入院している間に解約になってしまうなどというリスクがありません』

電話越しに伝えてもらった費用をそれぞれメモしていく。

『ただ介護付きの施設は自由度が下がるので、お母様のご希望の外出といったことは難しくなります』

たしかに希望は希望なのだろうけど、今のあっちゃんの状態を考えると、むしろ外出できないほうがいいのではないか、わたしはそんなことも思っていた。回復するようなことがあれば別だが。

『ふたつめは住宅型の老人ホームです。こちらもパンフレットをお送りしているところです。住宅型なので外出などもかなり自由ですが、介護のほうは追加サービスとして提供されるのでコスト面は状態によって増えていくこともあります。そもそものイニシャルコストも高いので、お父様の状態を考えると、費用面で難しいもしれません』

こちらの懐具合をしっかりと理解していただいているが故のサジェストだ。

『みっつめは介護付き老人ホームです。こちらは資料をお送りしていない施設なのですが、まずイニシャルコストがありません。そのぶん月々の費用が少し高くなるという感じです』

イニシャルで払うほうがいいのか、ランニングで払うほうがいいのか、それはつまり、言葉は悪いが「あと何年、生き続けるか」の話とイコールであって、答えなんてない。
いずれにしても提案いただいた施設を見学する方向で調整をしてもらい、その上で結論を出しましょうということになった。

電話を切り、わたしは表計算ソフトを立ち上げてそれぞれの費用を入力していった。

残念ながら手持ちの「資産」だけでは短期間しか施設の費用は賄えない。
もちろん年金だけではふたり分の費用は払えない。
両方を合算し、たとえばマサさんが100歳になる10年後、その時点までに必要な総額は。

数字上はなんとかなりそうな気もするが、年金全額を施設に入れられるわけじゃないからな、そのグレー部分はどう考えるのか――しばらく数字をいじったりしながらシミュレーションしてみたが、何か答えが見つかるわけではない。どうにかなるだろ、そう割り切ってわたしはファイルを閉じた。

そしてその「どうにかなる」ための連絡もイワキさんから入っていた。

『マンションの暫定的な査定価格が出ました。もちろん内見次第で金額の前後があるようですが、△万円~△万円程度とのことです』

相場がわからないので金額の多少はわたしには判断ができない。ただその額そのものは大変ありがたい数字であることは間違いない。

しかし、それすらも「限りあるもの」。

長生きすればするほど必要なカネは増えていく。家族としては複雑極まりない。

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