[081]
「お父さんにも会いたい」
みぃさんはたびたびそう言っていた。さくら老健にマサさんがいるのは今日までだから、それができるのは今このタイミングしかない。
グッドライフでの契約手続きなどで時間がかかったことで、ちょうど面会のできる時間帯になってる。わたしたちはグッドライフの前でタクシーを拾った。
受付を済ませてマサさんがいるフロアに上がると、いつもいるあたりに姿が見えない。居室のほうも覗いてみたが空。スタッフの方に尋ねようときょろきょろしていると、車いすを押されてマサさんが現れた。どうやらただトイレに行っていただけのようだ。
「お父さん、こんにちは。お久しぶりです」
みぃさんが声を掛けるが、マサさんはきょとんとした表情だ。
「わかりますか、みぃです。あなたの、息子の、お嫁さんですよ」
「みぃ?知らんな」
マサさん、そこははっきりきっぱりと答えた。わたしたちもスタッフさんも苦笑いである。
一応わたしも話しかけてみた。
「こんにちは、息子はわかる?」
「知らんな」
マサさんは共用スペースのいつもの席に車いすを寄せてもらい、ちょうど提供されたおやつに手を伸ばした。食欲が相変わらずなのは何よりだ。
横に座ったみぃさんがマサさんに話しかける。知らない人だろうが話しかけられれば何らかの反応は示してくれる。言葉は発しつつもそれが会話になっているとは正直思えないが、これも大事な時間なのだろう。
マサさんの相手はみぃさんに任せて、わたしは老健入居にあたりお世話になった地域連携室のオオヌキさんに挨拶させてもらうことにした。
「長々とお世話になりました。おかげさまでようやく明日老人ホームに移れます」
「こちらこそありがとうございました。ホーム、決まってよかったです」
「それで、明日はこちらに伺えないので、引っ越しはすべてグッドライフさんとSS社のイワキさんにお任せをしてしまっています。最後までお手数ですがよろしくお願いします」
「お話は聞いています。対応いたしますのでご心配なく」
ふと見ると、マサさんが他の入居者とやり取りをしている。コミュニケーションになっているのかどうかも怪しいけれど、明日からの次の場所でもこうして同じように、年齢も性別も、持っている症状も違う人たちとのコミュニティの中で暮らしていけたらいいな、そんなことを思う。
そうこうしているうちに面会時間の終わりが迫ってきた。
「マサさん、こっち見て」
少し笑ってくれたようなマサさんとみぃさんとのツーショット写真を撮影して、「またね」とわたしたちはさくら老健を辞去した。
あっちゃんの入居、マサさんとの面会。2つのイベントを終え、一気に疲れが出たような、すっきりしたような不思議な感触を覚えていた。
「そういえばお腹減ったね」
ランチタイムはすっかり過ぎてしまっていた。
何か食べようと歩いていると、見覚えのある顔が向かいから歩いてきた。SS社のウチコシ社長だ。
そういえばSS社の所在地はさくら老健の近所だった。
「一昨日はありがとうございました」
「おかげさまで母は先ほど入居できました。明日は父の引っ越しで、今さくら老健で面会をしてきました」
「それはよかったです」
「引き続きイワキさんにはお手数をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」
「かしこまりました」
オオヌキさん、そしてウチコシさん。お世話になった方々にお礼と報告ができたのはよかった。改めて多くの人の力を借りたのだと実感していた。
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