2024年8月17日土曜日

翳りゆくひと。[050]


[050]

受付をすませ、エレベーターでさくら老健のフロアに上がる。
この日はオオヌキさんが不在だったため、ケアマネージャーのコハマさんとの面談になった。

「これ、新しい介護保険証です」
「あ、ありがとうございます。預かり証を発行しますね」

コハマさんからは今後のケアプランの説明を受けたが、これが事務的といったら失礼かもしれないが、実に淡々としたものだった。

「それで、今回要介護3の判定でしたので、今後は特養への入居も検討していただけます」

特別養護老人ホームには原則要介護3以上しか入居ができない。

体調面については、コハマさんによれば「今がベスト」。つまりこれ以上は回復しないだろうと判断されているということなので、リハビリのための施設である老健は、これ以上マサさんがいるべき場所ではない、そろそろお願いしますね、言外にそう言われているのだろう。

「なるほどわかりました。ただ、ながいきセンターのほうとも相談をさせてもらってるのですが、できれば母と同じところに入居させたいと考えています。母は要支援2なので特養というわけにはいかないですよね」
「そういうお話であれば、特養にこだわることはないと思います」
「それで、ながいきセンターで、この3社のパンフレットをもらってきたんですが、ぶっちゃけどの業者さんがいいとか、あったりしますか?」
「最近、ここはよく聞きます」

それは、くしくもながいきセンターでセイコさんが「評判を聞く」と言っていたところと同じ仲介業者だった。

コハマさんとの面談を終えたわたしは、マサさんとの面会に向かった。
入居者共用スペースの丸テーブルに車椅子を寄せて、静かに座っている姿が見えた。
散髪もしたみたいだ。

「こんにちは、ひさしぶり。わかる?」

わたしは一応名乗ったりもしてみたけれど、怪訝そうな表情がマサさんの顔から消えることはなかった。でも、半年前の入所時に比べたら明らかに生気が感じられる。

「元気ですか?」

質問に答えてくれているとは思わないけど、何やら言葉は返してくれている。
よくよく聞いてみると、座っている丸テーブルの一角を指して「ここ使っていいですよ」と言ってくれているみたいだった。

「ありがとう。一緒に写真撮ろう」

スマホのインカメラを起動すると、マサさん、しっかりと目線をくれた。

許されている面会時間は15分。コハマさんとの話もあったので、あっという間に時間切れになった。

「また来るから、元気で過ごしてね」

わたしの言葉に「はい」と答えてくれたと思ったのは気のせいだろうか。

空港の出発ロビーで、マサさんとのツーショットを家族のグループチャットに投稿する。「目に光が戻ってるね」と妻から返信が戻ってきた。

搭乗前にあっちゃんに電話を入れる。

「今日燃えるゴミの日だから、玄関に置いてある分だけはちゃんと捨ててね」

あっちゃんの住む町は、夕方から深夜の時間帯にゴミ出しをするルールになっている。少なくとも今日わたしが片付けたときに出たゴミだけは捨ててもらいたい。

そうしてわたしは「次」という大きな宿題を抱えて帰路についた――いや「岐路」か。

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