2024年3月2日土曜日

翳りゆくひと。[014]


[014]

マサさんの部屋の捜索を続けると、無造作にハンガーにかけられたマサさんのジャケットの内ポケットに何か入ってることに気づいた。出してみると長財布だ。すいませんね、と心の中でつぶやきながら開けてみると、そこに入ってたのはマサさんのマイナンバーカード。最強の本人確認書類を見つけた。これは喜ばしい。しっかり確保しておこう。

ところで、ファイルケースに入れたメモがなくなった経緯は――マサさんがそれを読んで、自分にとっては不要と判断して捨てたとか、そんなところだろうか。あっちゃんが捨てたとは思いたくない。
いずれにしてもメモがない以上、頼んだことは何ひとつできていないということだ。今一度、お金の動きを考えなきゃならない。

やっぱりまずは記帳だな。

あっちゃんに頼んで通帳の束を出してもらう。こちらは先月整理した形、チャック付きケースに入ったままだ。
わたしはF銀行の2つの通帳とN銀行の通帳、それから今月分の携帯電話の請求書を持って駅前に向かうことにした。

「ちょっと銀行に通帳記入に行ってくるね」

今回も電話料金を払ってくるとは言えなかった。

携帯電話ショップでは料金を支払うのと同時に、タブレットの解約も行った。
実は前回、部屋の隅で充電されている7インチタブレットが気になってはいたのだ。ただわたしに余裕がなくて放置してしまってたのだが、その後請求明細の中にもそのタブレットのための回線契約が記載されていたので、今回確認をしたのだった。

「ねえ、このタブレットって使ってるの?」
「いいえ、ぜんぜん」

あっちゃんの答えにさもありなんという印象を持つ。使ってないなら解約一択だ。
解約手続きにはマサさん名義の委任状と本人確認書類が必要だが、委任状は準備済み。そして本人確認書類はマイナンバーカードがある。

「このタブレットの回線を解約したいのですが」
「どういう経緯で契約したかはわからないのですが」

一応そういう言い方はしたが、おそらく何かのキャンペーンで「端末が無料なので」とか言われたんだろう。老人相手にアコギな商売しやがる。
まあそういう自覚もあるんだろう、あっさり解約してくれた。SIMはその場で返却、端末はわたしがもらって帰ることにした。
ついでにスマホの料金プランの見直しもした。

その後は、F銀行へ。予定どおり2月15日今日付けでFA口座にマサさんの年金が振り込まれていた。FB口座からはいくつかの引き落としがあった。
N銀行の口座からも想定どおりの引き落としが。

正直言えば、何も手続きをしてもらってないというのは想定内。
そのためにチェックリストも作っていろいろシミュレーションしてきたわけだから。

下調べしたところ、年金の振込口座を変更するほうがよっぽどハードルが高そうだったので、マサさんちに戻ったわたしは、公共料金の通知書類などを確認しつつ、電気とガスの引き落とし口座の変更手続きを始めた。
今どきはスマホひとつでオンライン手続きできる。FA口座の暗証番号も知ってたので、予想以上に簡単な手続きだった。

水道料金は残高に余裕のあるM銀行の口座からの引き落としだから、この際無視することに。

あとはマンションの管理費か。前回発見した請求書に書かれていた管理会社に電話してみる。

「お世話になっております。管理費の引き落としの口座を変更したいのですが」
『変更手続の書類があるので、郵送します』
「お手数ですが、よろしくお願いします」

これはつまり、今日のうちに口座を変更できないということにほかならない。

「マンションの管理会社から郵便が届くと思うんだけど、捨てないでおいてね」

一応あっちゃんにはお願いしてみたけど、どうだろう。場合によっては次の機会に管理会社まで出向くほうがいいかな、などと考える。
急がずとも、管理費は、残高不足で落ちなくても請求書で督促されるだけだから、という計算もわたしの中にはあった。

そうか、そうなると携帯電話料金も請求書払いではなく、FA口座から引き落としにするようにしておけばいいのか。

あれ、携帯電話と言えば、マサさんのスマホ、見当たらないぞ。わたしは自分のスマホからマサさんの番号を呼び出すも、『おかけになった電話は電源が入っていないか、 電波の届かない場所にあるため、かかりません』というおなじみのメッセージが流れるのみ。

「どこにあるの?」
「え、電話かい。さあどこかな」
「マサさんどこにもでかけてないからポケットとかに入ったままじゃないの」

そうこうしているうちに、ながいきセンターのセイコさんがやってくる時間になっていた。

013<[翳りゆくひと]>015


0 件のコメント: