[082]
もうひとり、挨拶をしておきたい人がいる。マサさんとあっちゃんのことを誰よりも気にかけてくれていた、ながいきセンターのセイコさん。
昼食を終えたわたしはアポの電話を入れた。
「お時間があれば今からご挨拶にうかがいたいのですが」
『大丈夫です。今日はセンターにおりますので』
ここに来るのはもう何度目だろう。
家の電話が通じないと騒ぎになったあのときから、今日でようやくひと区切りになる。
「おかげさまで今日、ようやく母を老人ホームに入居させることができました。明日は父がさくら老健から移ることになっています」
「何度もこちらまで足を運ばれて大変でしたよね。でも早々に入居できて本当によかったです」
「今回妻も片付けと準備のために来たんですが、やはり生活の乱れというか、目の当たりにして驚いたようです。特にキッチンはかなりひどかったので。プチトマトとか」
「プチトマト!そうでしたね」
キッチンの惨状をわたしに連絡してくれて、「急いだほうがいい」とアドバイスしてくれたのがセイコさんだった。
「今日は素直に入居してくれましたが、日々『行きたくない』『もう少しここにいたい』などと言ってましたので、今後もそのあたりが心配ではあります」
「確かにホームに入居される方でそのようにおっしゃる方は多いです。でも施設の方もプロですからうまく対応してくれるはずですし、ご本人も次第に慣れていくでしょうから、あまりご心配されなくても大丈夫だと思います」
「そう期待したいと思います。いずれにしても、今日までいろいろとご支援いただきありがとうございました」
「立っている者は親でも使え」とは言うが、その親が使えなくなってしまったとき、あらゆる人を頼り、そして使った。その筆頭がこのながいきセンターでありセイコさんだった。「仕事ですから」と言うのだろうが、実際のところ本当に助かった。
わたしたちはお礼の言葉を残しつつセンターを後にし、みぃさんとわたしはいったんマンションに戻った。
何を探すわけでもないのだが、もう一度家の中を見て回る。
そしてわたしの自宅に送る荷物はちゃんと一ヶ所にまとめ直した。
「やっぱり冷蔵庫を開ける勇気は出ないね」とみぃさんが言う。
室内の片付け、処分その他諸々の原状復帰はすべてSS社に任せてあるとはいうものの、せめてこのぐらいはと、多少なりともまとめてあった燃えるゴミをゴミ捨て場まで運ぶことにした。
この時間、正式には「ゴミを出していい時間帯」にはまだなってはいなかったのだが、マンション内の挨拶まわりも済ませているし、今日だけということで許してもらおう。
「お疲れ様。さてと、帰ろうか」