これまでのあらすじ。ふとした行き違いから、心の中に巣食う悪魔の囁きを聞いてしまった「僕」。積み上げてきたものを捨て去り、「僕」はどこに向かうのか。感動の一大巨編、ついに最終回(誇張捏造)。そもそもこんな長い話を書くつもりはなかったのに(大汗)。
「scene1 決断前夜」はこちら
その日僕はひとつの決意を胸に秘めて職場を出た。今日はン十年ぶりに床屋さんに行くんだ。しかも人生初の10分1000円カットだ。人はそれを「勇気」と呼ぶ(嘘)。
会社近くの駅前の店はいつも混んでて、店の外にまで行列が続いている。そこに並ぶのはつらい。誰かに見られるんじゃないか・・・振り絞った勇気が折れてしまいそうだ(←だいぶおかしな精神状態になってる)。
かといって家の最寄もなんだかイヤ。そこで僕は職場と家の中間ぐらいの駅で途中下車(笑)。
少し遠巻きにガラス扉の中をうかがう。切ってる人が2人、待ってるのは1人かな。どうしよっかな。また今度来ようかな・・。
お、誰か入っていったぞ。なるほど扉の脇の自動販売機でお金払うんだ。
ええいっままよっ(←なんか古い言い回しだ)。意を決して自動扉を開けた。そう、禁断の扉を。
えーっと1000円、じゃなくて1080円か。ポチっ。レシートにバーコードが印字されてる。きっとこれが重要なのだな、と想像をめぐらせつつ、慣れた風情を装いながら、待合の長椅子に腰掛けた。
カット中が2人、待ってる中では3番目。てことは・・(暗算暗算)・・20分待ち?
いくらなんでももう少しかかるかしら。
ちなみにお客さんの中には若い女性もいたりしてびっくりー。
なんかすごくどきどきしてる。いかんいかん。緊張が顔に出たらカッコ悪いぞ。何しろ僕はオシャレ美容室からやってきた男なんだぜ(←間違ったプライド)。
本を読んだりスマホいじったりしてればいいのに、何もかもが目新しくって、ジーッ&キョロキョロと挙動不審(汗)。
なるほどね、わかりやすく「衛生面気をつけてますアピール」がされてるんだな。お、あのホースがウワサの切った髪の毛を吸い込むバキュームか。ほほう。
緊張と好奇心が渦巻く。いつもの美容院に行かなかった罪悪感はもう感じない。
『どうぞー』
あ、もう僕の番なのか。時計を見たら入店から25分。
レシートを渡して椅子に座る。ピッ。バーコードを読み取る音が聞こえた。
全国チェーンの超有名店、ベビーチーズみたいな名前。サッカーファン的には「急にボールが」か。
『どうなさいますか?』
「えーっと全体に短くして、後ろと横は・・・・・ごにょごにょ」
『バリカンは何ミリにしますか?』
(え?何?みんなそういう数字って知ってるもんなの?知ったかぶりして「5ミリで(ビシッ)」とか言っちゃおうか。だめだ無理。素直に聞こう・・・)
「すいません、何ミリとかって言われてもピンとこないんですが」
『3ミリから3ミリ刻みで12ミリまでなんですが、普通は9ですかね。3とか6だと地肌が・・』
地肌という単語には敏感だ。「・・・じゃ9ミリで」
『ではトップのほうへはこんなふうに・・ごにょ・・でよろしいですか?』
お、知らない間にイメージが伝わってるじゃないか(喜)。「はい。お願いしまーす!」
そして静かに目を閉じる。ここまで来たら何も考えるまい。メガネ外してるからどうせ何も見えやしない。
ブーン。バリカンの音だけが聞こえる・・・と思ったら「もう終わり?」。あっという間にバリカンのスイッチが切られ、ハサミの音に変わる。しゃきしゃき。
そうか、このぐらいのペースなんだな。想像以上に早い早い。
『いかがでしょう』
パッと見で長いなと思ったところをちょい切ってもらって、バリカンのスイッチオンからここまでジャスト10分。おおっ。
それからお楽しみのバキューム・・・期待(笑)したほどのも吸引力がなくってちょっと拍子抜け。もっとこうコントのようにぐぃーっとなるのかと。
まあ考えてみたら髪の毛を吸うだけなんだから十分か。
霧吹きの水分はバキュームに吸い込まれた。シャンプーもなければタオルを使う場面もない。顔そりもなければマッサージもなく。それでも1,080円だ。満足するなというほうが難しい。
僕は満足感と少しの気恥ずかしさを持って小走りで帰宅した。
・・
・・・
翌朝、改めて鏡の前の自分の頭を見る。
「ナンカチガウ・・・」 orz..
・・でももう戻れない。
僕はもうそういう場所に足を踏み入れてしまった。悪魔に魂を売ったんだ。
だから次は勇気を振り絞ってきっとこう言うだろう。
「6ミリで!」
ところでカットから2日、家族の誰も髪切ったことに気づかないのはどういうわけだ。
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