[011]
スクランブル状態の1泊2日を終え、わたしは日常生活に戻った。
が、マサさんあっちゃんの「生活」に対する漠然とした不安が、頭の中に靄のようにかかっていて晴れない。
離れて暮らしている以上様子がわからないのは当然だし、その上でいろいろ世話を焼くことしかできないのだから、それは子供として当然の務めなのだから、と自分に言い聞かせる。
まずはできることを。
お世話になったながいきセンターのセイコさんに訪問のお礼メールを出した。
「ご訪問時、現況を見ていかがでしたでしょうか」
セイコさんからの返信メールの内容は、穏やかな文面とは裏腹に、厳しい内容だった。覚悟していたこととはいえ。
『お父様には中程度の認知症があります。簡易テスト(MMSE)で17点でした』
『介護認定を申請すれば「要介護」と出ると思います。サービスの利用を勧めます』
恥ずかしながら、セイコさんに説明を受けるまで要支援、要介護といった分類やそれによって受けられるサービスの違いなど、ほとんど知識として持ち合わせていなかった。
その意味でも包括支援センターに相談したのは正解だった。
『お母様は27点で低くはなく、何らかの認知機能の低下はあるとは思いますが、認知症とは言えないと思います』
『生活は自立されていると思いますが、私の感覚から考えるに「うつ」傾向にはあるのではないかと』
なるほど。
できてたはずのことが、できなくなっている自分に対して強く落ち込んでいる、そんなイメージなのかな。あっちゃんの性格として、それはありそうだ。
『今週12日に訪問して、介護保険の利用について説明をするお約束をしました』
半歩前進――わたしはそう思った。
誰かに頼るということは、老いた者への助けになるだけでなく、それを案じる者への助けにもなるのだ。
だが一方で、「もっと早くこの半歩が踏み出せてさえいれば」と思わずにはいられなかった。
12日の介護保険の説明を経て、マサさんとあっちゃんの介護保険の申請は予定どおり行われた。そして1月24日に介護認定の訪問調査が行われることになった。
調査の席にはセイコさんも同席してくれ、その様子がメールで送られてきた。
『おふたりからはお困りごとの訴えはなく、お母様はどちらかというと「よそゆき」を取り繕っておられるようで、周囲の世話になりたくないお気持ちもあるのかなと感じました』
『調査員もそのへんはプロなので現状を詳しく記録していかれましたし、私からも実情をお伝えしました』
取り繕うあっちゃん・・・想像できすぎてしまう。弱音を吐いてくれればどれだけいいか。でもそれも含めて「あっちゃんの生活」なのだろうし、こちらから何かを強いるようなことはできないなと思ったりもした。難しいな。
そしてまた新たな問題が。
『お父様の「後期高齢者受給証」が紛失しています』
『お母様には区役所で再発行してもらうようお伝えし了解されていましたが、今日時点で再発行の手続きはされていませんでした』
『今週の受診時に必要な保険証です』
保険証がないだって?
マサさんは心臓のこともあるから、あっちゃんが付き添って定期的に通院している。薬だってもらってる。
なのに保険証がないってどういうことだろう。今どき病院が「保険証は今度でいいですよ」とかやさしく言ってくれるとは思えないし、まさか毎回10割負担してたのか?
わたしはさっそくあっちゃんのスマホに電話をかけた。
「ながいきセンターのセイコさんに言われていると思うけど、保険証の再発行、区役所に行ってね。病院で必要だから」
『そうね、わかったわ』
わかったわ、か。
大きなことは誰かの助けを借りられる。でもこういう細かいところはなかなかそうはいかない。これも離れて暮らすことのデメリットなんだな。わたしはそう感じていた。
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