2024年2月16日金曜日

翳りゆくひと。[010]


[010]

携帯ショップで時間ばかり使って期待していたとおりに事が進まなかったこと、普通なら少しばかりがっかりしそうだけれど、わたしの中には少しばかり違う気持ちが生まれていた。
これは仕事だ。仕事ならうまくいかないことだってある、がっかりしてる暇があるならこなすべきことをどんどん進めるべき――。

それが家族の事柄に対して、正しい心の持ちようかどうかはわからないのだけれど。

商店街を探し歩き、ようやく見つけた100円ショップに入った。
書類や通帳を整理するためのファイルケース、メモを貼り付けるための付箋、少なくともリビングテーブルの上は多少なりとも片付けておきたい。

いったんマンションに戻ったわたしは、やはり公共料金の引き落としが発生するFB口座に現金を入れておきたいと考えた。

「引き落としのほうの口座に少し現金を移しておこうと思うんだ。いつも使ってるほうの口座の、キャッシュカードを貸してくれるかな」

あっちゃんからキャッシュカードを受け取り、暗証番号も聞いた。実に覚えやすい番号だった。
それにしても、これからやろうとしていることに対しては必要なこととはいえ、こうもあっさりカードを渡してもらうと、逆に詐欺なんかが心配になってしまう。

昨日夕食を買ったスーパーにF銀行のATMコーナーがあったから、また駅前まで戻る必要はない。FA口座から、おそらくは2ヶ月ぶんぐらいの引き落としに問題がないぐらいの現金を下ろし、それをFB口座に入金した。

「キャッシュカード、ありがとう。すぐにいつものところにしまってね。今すぐに」

あっちゃんが財布に戻すところを目視で確認した。おそらく、非常に大事な声掛けだったんじゃないかと思う。

通帳は使用済みのものはそれとしてまとめてチャック付きのケースに。使用済み、という付箋も貼った。
4つの使っている通帳も、ひとまとめに。

「通帳もいつものところにしまってね。今すぐに」

公共料金の通知とか、とにかく支払いに関連する書類はひとまとめにしてファイルケースに放り込んだ。分類まではちょっと手が回らないな、という感じだ。
そのファイルケースの表面に、A4サイズの書類が入って外からでも見えるポケットが付いている。わたしはそこに入れるメモを書いた。

ひとつ。
『F銀行に、年金の受け取り口座をFB口座に変更してもらうことができないか確認してもらいたい。』
最も単純かつ効果的な解決方法だがどうだろう。

ふたつ。
『年金口座の変更ができなかったときは、毎月15日に○万円をFA口座で下ろして、それをFB口座に入金してほしい。』
15日に設定したのは、年金の受給日が2ヶ月毎の15日だということと、あとは引き落としのタイミング。金額は公共料金とマンション管理費の合計プラスα。前日に見つけたマンションの管理費の請求書は、口座からの引き落としができなかったので来月は2ヶ月分を引き落としますよ、という通知だった。

みっつ。
『毎月10日頃に携帯電話会社から請求書が届くから、届き次第すぐに支払いにいくこと。』

よっつ。
『郵便物が届いたら、捨てないで全部このファイルの中に入れちゃってほしい。』

「このメモを見てくれるかな」「忘れちゃうといけないからここに全部書いておいたから」
「わかったわ」
「この中に入れておいてくれたら、次に来たときに確認するからさ」「ここに置いておくよ」

わたしはメモが表に見えるようにファイルをリビングテーブルの真ん中に置いた。

さて、と時計を確認した。今日できるのはここまでだ。
この日わたしにはどうしても外せない知人との約束があったのだ。

「そろそろ戻らないとならないんだ」
「何か困ったことがあったら、セイコさんに電話すれば助けてくれるから」

ながいきセンターの名刺を電話機の横に貼り付けた。

今日のあっちゃんはあまり名残惜しそうな顔をしなかった。マサさんは相変わらずにこやかだった。「また来るから」「元気で」とマンションを後にした。

空港に向かう電車の中で、航空会社のサイトにアクセスして復路便の座席を確保した。夕方の便になったが、約束の時間にはギリギリ間に合いそうだ。
チェックインを済ませたところで、そういえば昼メシ食べてなかったよと気づく。レストランフロアに行ってみよう。ビールも一杯、飲もうかな。

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