2015年10月24日土曜日

プロジェクト・サーティ(17)呼吸

ノルマという響きには毒がある。言葉にした瞬間にその質量を増し、漆黒の度合いを深めていく。

もがく。

水中で必死になって空気を求めるように、逃げ道を探す。そのものから逃れる道ではなく、求めるのは自分の心の逃がし場所だ。

心のリスクマネージメント。だがそれは、保身、言い訳、無責任という単語たちにすり替わり、自らに突き刺さってくる。

また澱が積もる。

この仕事がカネになるわけではない。つまり仕事とは決して呼べるシロモノではない。
なのにうまくいかなかった場合のネガティブな反響は想像するに難くない――。

あのままだったら、俺はそんなことを考え続けていたに違いない。まるで螺旋階段を降り続けていくように、息をすることすら許されない水の中の奥底のほうへ。

ところが、誰かを頼ることで状況は変わった。
ただひたすらに動くという命題を与えられて数ヶ月、今立っているのは想像もしていなかった場所。もうすぐそこに、たどり着きたかった場所が見えている。
今はもうここが俺にとってのリアルなんだ。水底ではなく地表――そう気がついた。

「リナさん、改めて飲みに行きませんか。お礼したいんで」
「おっと、職場でそんなに大胆に誘ってくれちゃうんですねー」

相変わらずの反応が心地いい。
そしていつもの焼き鳥屋ではなく、俺たちは「SB」にやって来た。リナさんは俺の昔話を知ってるからか、「なるほどここかぁ」なんて店中を眺めながら妙に納得顔をしている。

「課長、お酒、次どうします?」
「んー、バーボンにするかな」
「じゃ、私もー」
「あ、ちょっとごめん」

ふと思い立って俺は電話をかけた。甲高い声が聞こえてきた。珍しく矢野は電話に出た。

「例の件はメールしたとおりでひととおり目処が立ったから。甘木にもメールは入れた。うん。それでさ、今SBにいるんだ。こないだ『今度ボトル飲ませてもらう』って言ったろ。お前のボトル、今日飲ませてもらうから・・・いや、ひとりじゃない。サポートしてくれた職場の人・・・」

なんとなく、リナさんが聞き耳を立てている気がする。

「大切な人と一緒だ」

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