電話を終えるとバッグの中から例の封筒を取り出し、差し出した。
「手伝ってもらえればと思って」
リナさんは何も言わずに資料を読み始めた。その姿を見つめ続けているわけにもいかず、グラスをあおったり、店員を呼んで追加注文をしたり、なんとも落ち着かない。
そしてやがて彼女は資料から顔を上げた。笑顔だった。
「私を頼ってくれてるんですよね」
その「頼る」という言葉に強く引きつけられた。「たよる」と「たのむ」って同じ漢字なんだよな。そんなことをぼうっと考えながら俺はうなずく。
「こういうのって考え始めちゃうと進まなくなっちゃうから、まずはやり始めちゃったほうが早いと思うんですよ。これ、ちょっと預かりますね。任せてくださいって」
まだ何も終わっていないのに肩の荷が下りるというのは適切な表現ではないかもしれないが、それでも本当に軽くなった。底のほうに積もっていたものが洗い流されたようだと心底そう思えた。
それをきっかけに俺は饒舌になった。酒の勢いもあったのかもしれない。自分でも驚くほどに自分のことを話した。矢野とのことも志野のことも、そして甘木への感情も、ひたすらしゃべった。
今度はリナさんが聞き役だった――。
翌週、俺たちは再び焼き鳥の煙の中にいた。
「こないだも言いましたけど、やっちゃったほうが早いんですよ。きっと。私は第三者ですからね、そのへんは割り切りやすいと思います。課長、頭では考えないでまずは動きましょう」
そうして1枚のメモを渡された。おそらくは余計なことを考えずにすむようにだろう、細かく段取りが書かれている。
あえて長期のゴールを見せず、目の前のハードルのみを見せてくれている、そんな内容だ。
「来週までの宿題ですからねー」
「なんか、小学生のプリントみたいだな」
冗談が言えるぐらいの心持ちではいられている。
頼まれることで苦しんだ俺が、誰かを頼ることで動き出せそうだ。
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