2011年10月7日金曜日

さよなら準指。

長年更新を続けてきた全日本スキー連盟公認準指導員の資格、来シーズンは更新しないことに決めて、残ってた最後の処理を終えた。

「なぜ?」と問われると、いろいろあってちょっと答えに困るけど、資格継続のための前提条件である指導員研修会に2シーズン連続で欠席し、資格停止状態になっていることがきっかけ・・ではあったと思う。

基礎スキーっていうのは人に説明がしにくい。アルペンスキーやモーグルは「ああ、あれね」と理解してもらえるが、ゲレンデを上手に滑ること、なんて言われても普通の人は「ふーん」としか答えようがないだろうから。
その点、「スキー学校の先生の資格を持ってるんですよ」と言うと、本質的ではないかもしれないがうっすら理解はしてもらえる。だから、履歴書にも堂々と書き込んでた。

この資格に合格したのは大学4年のシーズン。もうン十年も前の話。前年は落ちてたこともあって、浮かれてしまうほどにすごくうれしかったのを覚えてる。
実技はギリギリだったけどね(笑)。理論は満点に近かったはずだ。小論文が「都連だより」に載ったから。ちょっと自慢だ(^^;

この合格が、大学を卒業してからもスキーと向き合い続けられた大きな動機づけになっていたことは間違いない。
より高いレベルを目指すことはもちろんだし、スキーという同じ言語で語り合える人との出会いも、そして、仲間と共有する濃密な時間がいかに大切であるかを再確認することも。

そしてさらに、後輩である多くの若いスキーヤーたちと滑る機会にも恵まれた。彼らと滑るのは、本当に本当に楽しかった。彼らのモチベーションの高さは、僕自身のモチベーションにも直結していた。
出張コーチ役は10年と少しの間、続けさせてもらっただろうか。今は指導者としては何もしていない――プルークボーゲンな坊主1号2号を見てやる以外は。

こうして文章にしてみると、資格を更新しなかったことを後悔しているみたいだな。うん、その感情は否定しない。大切にしてたからね。

でも解放された気分であることも確か。

年を経るごとにさまざまな変化があって、ゲレンデに立つ時間は確実に減少している。
でも、雪の上に立ったときの心は何も変わらない。より上手くなりたい。もっと楽しく滑りたい。
だから、指導者でなくなっても、きっと“マジメに遊ぶ”スキーヤーでいると思う。

指導者として最後のころに教えた若いスキーヤーの、結婚式に招かれた。
これこそ「冥利に尽きる」だな。ありがとう。

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