2024年1月20日土曜日

翳りゆくひと。[004]


[004]

そうだ、肝心なことを忘れてた。わたしはビデオ通話アプリを使って自宅にいる妻のスマホに接続した。正月の挨拶というやつだ。あっちゃんは「わざわざ来てもらってごめんなさいね」とか言ってる。家にいたわたしの息子、つまり孫と話したマサさんは、やっぱり「そうですか」と他人行儀だ。それはもうしかたないし、息子も理解している。

電話を切って、いよいよわたしはリビングテーブルの上に重ねられた郵便物、書類を1枚ずつ確認することにした。
といってもどこかで斜め読みになってしまう。わたしにも余裕がなかったのだ。

「お茶、どう?」
「いや、今はいいよ」

余裕のなさがわたしの言葉を強くしてしまう。

公共料金の通知が出てきた。よくよく見ると日付が平成だ。
これはマンションの管理費の請求書みたいだけど、管理費が請求書扱いなんてあまりないと思うぞ。
あっちゃんに聞いてみた。

「マンションの管理費って引き落としだよね。公共料金も」
「そうよ」
「そうだよね」

細かいところは後で確認だ。そう自分に言い聞かせながらわたしは先を急ぐ。電話・・・電話・・・あ、あった。これだ。携帯電話会社からの請求書が見つかった。
案の定、封筒はていねいにハサミで開封されるけど、ていねいに封筒に戻され、そして積み上げられてた。

コンビニや郵便局で使える支払票が付いてるタイプの請求書。つまりそれは自分で支払いにいかないとならないということだ。
まず確認するのは支払い期限、やはり12月の日付になってる。間違いなく滞納だ。
さらに明細を確認していくと、予想していた記載を見つけることができた。固定電話の支払いが、携帯電話会社からの請求にまとめられてる。とにかくこれで同時に通じなくなった理由がはっきりした。どういう経緯でそうなったか、今は問うまい。

「携帯電話屋さんに行って使えるようにしてもらってくるよ。そうだ。家の鍵、貸してくれるかな」

「薬飲んだ?」「どうだったかな」「お湯沸かしてくれた?」「えーと」となんとも言えないやりとりをしているマサさんとあっちゃんにそう告げた。「滞納してる料金を払ってくる」とはちょっと言えなかった。

電話台の下の扉の裏側にマンションの鍵の予備がある。戻ってきたときにオートロックでドタバタするのもいやなので、それを借りて、まずは携帯電話ショップに向かうことにした。確か駅の反対側の商店街にキャリアの直営ショップがあったはずだ。

やはり平日に来てよかった。休日の携帯ショップの混雑は想像を絶する。しかも時節柄もあって今や予約するのが基本――細かい話をすれば、予約は契約者であるマサさんのスマホのアカウントからしなければならない。当然そんなのわからないし。

支払窓口に件の請求書を出して、延滞になっていること、利用が止められていると思われることを告げた。

「お調べしますね・・・そうですね。10月分が未払いになってますので、1月1日から停止させていただいます」

10月分だって?
そうか、半月未払いでいきなり止められるわけがない。妙に納得である。
聞けば10月分が未納、11月分は支払い済み、そしてわたしが見つけた請求書の12月分が未払い、と。なんで11月分だけ払ってるのかは、正直わからない。マサさんなのか、あっちゃんなのか、いずれにしても何かのスイッチが入ったんだろう。それも考えてもしかたないこと。
さらに1月支払い予定分も金額が確定しているとのことだったので、都合3ヶ月分の支払いをさせてもらった。使ったのはわたしの個人のクレジットカードだ。

「電話、すぐに使えるようになりますか。固定電話も」
「そうですね、基本的には入金が確認できればすぐに。遅くとも数時間では使えるようになるはずです」
「ありがとうございます」

携帯ショップを後に、いったん家に戻る。固定電話、そして2人のスマホも無事使えるようになっていた。まずはこれで今回の目的のひとつは達したわけだ。
ひとつ肩の荷が下りたような気分になっていた。

わたしは妻と息子との家族のグループチャットに『電話開通』とメッセージを投げた。息子から『イイネ』のスタンプが届く。
それから新年早々に連絡をもらっていたマサさんの弟のヤスおじさんに電話をかけ、無事電話が使えるようになったことを報告した。そしてその電話をマサさんに代わった。

「ええ、そうですね」
「まあゴルフとおんなじでぼちぼちです」

ゴルフと同じでぼちぼち、というのはマサさんお得意の言い回しだ。それが聞けたのは悪くないけど、でも会話してる相手が自分の弟だということは、わかってないんだろうな。

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