[003]
2023年の正月三が日も終わって、わたしには仕事の日々が戻ってきてた。だが未だあっちゃんちからの連絡は、ない。もちろん、再三掛けている電話がつながることもない。
「行くしかないのか」
新年早々の金曜日に休暇を取って、朝一番の飛行機を予約した。
サラリーマンとしては難しい選択ではあったけど、最悪の事態ではないにせよ、何やら事務手続きがいろいろあることを想定すると、平日というのが重要だと判断したのだ。
まだ夜も明けない空港を、わたしを乗せた飛行機は離陸していく。
夜明けの空なんて美しいものを見る機会だというのに、そういうものを味わっている余裕がない。頭の中は、何が必要か、何をすべきか、何から手をつけるか、実際に行ってみないとわかるはずのないことを、答えのないままひたすらシミュレーションし続けていた。
胃袋の底のほうが重い。気圧の変化のせいだけならいいのだけれど。
ピンポーン。
マサさんあっちゃんの住むマンションのインターホンを押す。自宅を出発してから4時間以上が経過している。
ふと、このオートロックが開かなかったときはどうすればいいのか、言いようのない不安が襲ってくる。鍵なんてもちろん持ってない。管理会社はどこかなんて知らない。通勤通学の時間帯でもないから人が出てくることも少ないかもしれない。
『はい。あら』
少し間があってから聞こえてきたあっちゃんの声に、本気で安堵した。
「おはよう」
「どうしたの」
「電話止まってるからさ、連絡つかないから」
「あら、そうなの?」
やはり電話不通だという認識はない。いや、それ以上に気になることがある。
「だから電報したでしょ。受け取ったよね」
「ああそうね」
この受け答えで確信した。あっちゃんも記憶があやふやになってきてる。ボケが始まってるんだ。
結局、届いているはずの電報は見つからなかった。おそらくは自分たちに関係ないものとして捨てられたのだろう。
そうこうしているうちに、マサさんが起きてきた。老人のくせに朝が遅い。まあ寝られるのはいいことなのだろうが。
わたしの顔を見て、きょとんとした表情を浮かべている。
「なんか電話が止まってるみたいで来てくれたの」
「そうですか」
この「そうですか」という敬語が、いかにも他人行儀。マサさんはわたしのことを息子だと理解してないんだな。だからといって別にさびしいとかそういう感情は湧いてこなかったけど、会話が成立しないと少々面倒なことになるかなという心配はある。
電話のことなどどうでもいいかのように、ふたりがのんびりと朝食を食べている間、わたしはまずは電話関係の請求書を探すことにした。
マサさんはもともと整理整頓するのが好きなほうなのだが、整理した上で溜め込むタイプ。あっちゃんは典型的な捨てられない女。なので家の中はもともとモノで溢れているのだが、それにしてもこの片付いていない、雑然とした状態はどうだ。
居間の隅にかなりの量の古新聞が積み上げられているし、ごみ箱も満杯。そしてこのリビングテーブルの上の郵便物や書類の山は――。
いや、今なすべきは電話のことだ。わたしは記憶をたどった。
郵便物が届くと、確かマサさんがハサミで封を切って、中身を見てからこのテーブルの上に置いてた。それがマサさんの日々の行動のひとつ。
ということはこの上の書類が新しめの郵便物の可能性が高い。まずはここだ。
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