2018年2月5日月曜日

記憶の欠片を拾い集めて。

とあるアパートの一室。荷物が運び出されがらんとなった部屋に残された男女。
明日の朝になれば鍵をかけてそれぞれ別の道を歩く。男は別の女性と暮らし始めることになる。
最後の夜、女はその男のカバンにピアスを片方忍ばせた――。

はい、ユーミンの『真珠のピアス』ですね。本文中にもこの曲への言及があります。

という場面から始まる恩田陸「木洩れ日に泳ぐ魚」を読む。
この最後の夜を語り合うふたりを描く“だけ”なのだが、さすがに楽しかった思い出を語り合うような単純なラブストーリーじゃあない。
男は思う。「彼女があの男を殺したんじゃないのか」と。
女は思う。「彼があの男を殺したんじゃないのか」と。

登場人物は事実上この2人。
互いが互いに抱く疑惑。腹を探り合い、そして記憶を探り、つなぎ合わせ、そしてまた腹を探る。

記憶の断片を集めるのはとても難しい。特に子どものころの記憶なんて思い込みと勘違いでいくらでも上書きされている(という体験を僕も実際にしている)。
だけど、そんな記憶の断片も、積み重なればひとつの事実を浮き上がらせることができるし、そしてその事実をいくつも集めれば、そこに「真実」が見えてくる。

もうとにかく前半からクライマックス!(つまりどんでん返しの連続)

そうなんだろうなと想像しちゃえるようなこともあるにはあるけど、ふたりの会話劇と、そしてそれぞれの記憶に対する心の中での自分との対話は、まるでこの2人をアパートの天井からこの2人を俯瞰で見ているかのようで、目が離せない。

かつては「同じ」だと思えていた時間を共有していた2人が、腹を探り合ったことで最後の最後でさらに「ずれていく」。そういうせつなさも伴いながら。

そして訪れる「朝」・・・・んふー(ためいき)。

「木洩れ日に泳ぐ魚」とはどういう意味なんだろう。読みながらずーっと考えてた。
“つかみどころがない”という感じなんだろうか。まさにそれは記憶の断片。

・・
・・・

ところで「真珠のピアス」の話(余談です)。
両方持っているピアスの片方をベッドの下に捨ててきたのか、あるいはすでに片方になってた残りをベッドの下に捨ててきたのか論争はちょっとおもしろかった。
『彼のベッドの下に』『片方捨てた』がつながっているのか別の文節なのか。『どこかで半分なくしたら役には立たないものがある』という歌詞もあるし。なるほど深い。

僕は単純なので前者だと思うけど、音や音楽が聞こえてくる小説はいいね♪

0 件のコメント: