2015年4月29日水曜日

プロジェクト・サーティ (3)表層

10分遅刻といっても悪びれないのが矢野だし、こちらにしても謝ってもらいたいわけでもない。
上着を脱ぎながらもう店員を呼んでいる。相変わらず落ち着かないやつだ。

「俺もビールね。つまみなんか頼んだ?」
「いや、何も」
「そうか、何にするかな。あ、そうだ今日ね、甘木も来るんだ」

甘木だって?そう多い名字ではない。反射的に聞き返す。

「甘木って、まさか甘木ツヨシ?」
「そ。あ、ミックスナッツとピザちょうだーい」

甘木の名前を耳にして、一瞬、目の前がぐらっと揺れたような気がした。

甘木と矢野という並びがイメージできない。矢野と知り合ったのは社会人になってからのこと。だが、甘木とは逆に古い知り合いで、コミュニティがまったく違う。三人が同じ場にいたことはなかったはずだし、そもそも接点はどこなんだ。わからん。まあ考えてもしかたない。本人が来ればわかることだ。

運ばれてきた矢野のビールグラスに、そろそろ残りが少なくなったグラスを合わせる。カツンという音に、扉が開くカランという音が重なる。

「ごめんごめん、遅れちゃったよー。ホントごめん。久しぶりなのにねー」

会って1分もしない間に、何度「ごめん」を言う気だ。

「僕もビールをくださーい。あ、次もビールでいい?」
「ん」
「すいませーん、ビールは2つでー」

他人のグラスにもさっと目を配れるのが実に「らしい」。
俺はというと、ほとんど言葉を発する間もなく、ノスタルジックな気分はかき乱され、そしてこの男が新たに作り出した柔らかな雰囲気に飲み込まれ始めている。

甘木ツヨシ――。
名は体を表さないというか、むしろ姓が体を表す。穏やかで「柔和」という表現が似合う。常に微笑んでいるかのような表情。特に女性に向けられるその表情と、それに対するその女性の表情に、周囲の男どもは嫉妬したもんだ。ところがその表情は同性の友人たちにも振りまかれるのだから、その嫉妬心は燃え上がることもなく、文句の言いようもない、そんな男だ。
目の前にいる甘木を見上げ、何年経ってもその印象は変わらないなと思う。

だけど俺は知っている。その柔らかな表情の下に秘められた強く冷たいものを。

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