2024年5月13日月曜日

翳りゆくひと。[030]


[030]

あとは買い物。
実際問題、マサさんが着るような服とか、どこで買っていいかわからないな。デパートの紳士服売り場も覗いてはみたけれど、どうもピンとこない。
そうか、諸々一店舗で揃えられる「ノンブランドという名のブランド」の店に行けばいいのかと思い当たる。買い物かご3つぶんの洋服やタオルなどを買った。「こんなに必要なの?」と思いながら。
そこそこの額になったので、費用は後でマサさんの口座から補填させてもらった。

そうしてマンションの最寄駅まで戻ったら突然のゲリラ豪雨。
ファストフード店で雨宿りしつつ雨雲レーダーをチェックするも、しばらくやみそうもなく、しかたないので駅までダッシュで戻って売店でビニール傘を買った。

もう1軒寄ったのは、毎度おなじみの携帯電話ショップ。
これまでたびたび確認してきたが、結局本体の所在もわからず、電源も入っていないマサさんのスマホを解約してしまうためだ。老健に入所するんだから要らないし。

「紛失してしまっているので解約をお願いします」
「代表番号も変更になりますがよろしいですか」
「はい、それでお願いします」

1月にはタブレット含めて3回線と固定電話が契約されていたマサさん名義の契約は、これであっちゃんが使っている1回線と固定電話だけに縮小された。
必要ないものは解約していく。これもある意味マサさんとあっちゃんが次のステップに進むための必要な手続きだ。

携帯ショップを出ると、雨がすっかり上がっている。買ったばかりの傘、邪魔でしかないけど、まあそんなもんか。

あっちゃんちに戻って、買ってきたものとリストを見比べながら、それぞれに油性マジックで名前を書き込んでいく。

「こんなにたくさんいるのかしら」
「まあ毎日洗濯できるわけじゃないだろうから」

ふと気づく。リストの中に、下着のシャツはあるけどパンツがない。おむつなんだな、と改めて思う。

「よし、これで明日の準備は大丈夫」

これでひと休み、というわけにはいかず、マサさんの部屋に入って「家探し」だ。
一番の目的はマンションの権利書。近い将来、マンションを出て別の暮らしを始めるのだとすると、当然不要になるマンションは売ってしまいたい。これもマサさんとあっちゃんの「老後の蓄え」だと思うから。

さんざん引っかきまわして見つかったのは、マンション購入時の諸々の書類が綴じられたファイル。ただそこには明確な「権利書」が入っていないのが気にかかる。いや、不動産を所有したことのないわたしにとって、権利書という存在そのものが謎のものなのだけれど。これもまた宿題か。

「晩御飯、外で食べようよ」

あっちゃんと出かけたのはマンションの隣で営業しているお好み焼き屋。

「明日誕生日だよね。1日早いけど、おめでとう」

明日、あっちゃんは84歳になる。
当日はこんな時間も取れないし、プレゼントも何も用意してないけど、ウーロン茶と生ビールで乾杯した。

メニューを見て「いつもはこれとこれを食べてる」とあっちゃんが選んだお好み焼きと焼きそばを食べながら、今日もまた昔話をした。表情が少し穏やかになった気がする。
わたしはその表情を写真に撮って、わたしの家族とのグループチャットに投げた。

「明日は9時に病院だから、15分前ぐらいに出発しよう。8時すぎには来るから。また明日ね」

7月に来たときもそうだったのだが、電話台の下の扉の裏側にあるはずの、マンションの予備の鍵が行方不明になっていた。どうしてこう家の中から物がなくなるんだ。
マサさんがデイサービスに行くときに使っていたというトートバッグの持ち手にぶら下がってる鍵を借りて、わたしはいつものビジネスホテルに向かう。

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