2024年5月10日金曜日

翳りゆくひと。[029]


[029]

2番目の便だと朝の余裕はずいぶん違う。だけど頭の中はバタバタと慌ただしい。今日1日でなすべきことの段取りをひたすら考え続けるフライトだった。

あっちゃんの住むマンションに到着して、最初に目に飛び込んできたのはリビングテーブルの上に置かれた黄色い封筒。それも2通。
間違いない。新しい保険証(後期高齢者医療被保険者証)だ。

「今月から使う新しい保険証が届いたよ。今使ってる保険証ある?」
「わたしのはこれ」
「医療保険と介護保険、介護保険負担割合証は3枚でセットだから、一緒に持っててね。古いのはもらっとくよ」

あっちゃんの分は、ちゃんとあっちゃん自身が管理できてるから、渡しておいて問題ないだろう。しまったことも確認した。
マサさんの分はわたしが確保しておくことにしよう。まずは明日の入院費の支払いのときに絶対必要だから。

それから一応ご報告も。

「マサさんの名義で貯めてあったSN証券の口座だけど、使えるように普通口座に移してもらったから」

すごく雑な報告だけど、許してほしい。細かい説明をすると長くなるし。

「明日、マサさん、よしおか病院を退院して、リハビリのためにさくら老健に移るんだけど」
「まだ入院して2、3日よね」
「いや、もう半月になるよ。準備のための服とか、メールで送ったけど見てくれた?」
「よしおか病院、リハビリ科あるわよ。そこで見れくれればいいのに」
「マサさんの治療自体は終わったんだよ。病院は次の患者さんを入れなきゃならないから、移らないとならないんだ」
「そうなの?」

この会話、昨日もしたな。
そして残念ながら、メールは確認してくれてなかった。

改めてさくら老健から送られてきた「入所時に持参するものリスト」を確認する。洋服の類の必要枚数がかなり多い。これは揃えられないな。シャツとかズボンとか、普段着はなんとかなるみたいだけど。

「バスタオルとかパジャマとか、足りない分は買ってくるよ。ついでに銀行の記帳もしてくるから。そうだ、M銀行とN銀行のキャッシュカードはある?」

マンション近くにATMがなくて半年以上記帳できてないM銀行の口座。買い物に繁華街に出るなら、残高に余裕があるこの口座から現金を引き出して入院費用に充てようと考えたのだ。

M銀行のATMで現金を引き出す。暗証番号を打ち込んだところで『この暗証番号は類推されやすい番号です。変更を』といったメッセージが画面に表示された。まあそうだろうな。申し訳ない、今回は変更しない。変えたらあっちゃんが使えなくなるから。心の中で機械に語り掛けた。
下ろしたのは事前にヤマモト看護師に聞いていた入院費の金額プラスアルファ。何があるかわからないし、予備の現金は持っておいたほうがいいだろう。

M銀行を出ると、通りをはさんだ向かい側にN銀行の店舗があるのを見つけた。N銀行の口座にある定期預金も普通預金に移しておきたい。

「父の口座なのですが、本人が来れないので。一応委任状は持ってます」
「確認しますので、通帳、ちょっと拝見します」

入口近くに立ってた説明係の方が通帳をパラパラとめくる。

「これなら金額が大きくないので、ATMで対応できます。こちらのボタンです」

え、定期を解約するためのこんなボタンあったんだ。知らなかった。画面をピっピっと操作して、しばらくジージーと記帳する音が聞こえて、そして定期の解約が終わった。いいのかこんなイージーで。

「ありがとうございます。助かりました」

やりたかったことが順調にひとつずつ片付いていく。

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