2024年6月28日金曜日

翳りゆくひと。[040]


[040]

慌ただしかった夏の日々が終わり、10月、11月と静かに時間は過ぎていた。少なくともわたしにとっては。
特にマサさんを施設で預かってもらっているという安心感はことのほか大きかった。

さくら老健からはときどき電話が入ってきたが、何か問題があるということではなく、あくまでも確認のための電話だった。
たとえば、体調を見ながら季節性インフルエンザの予防接種をしていいか、接種後の体調は特に問題なかっただとか、リハビリで立ち上がる機会が増えた影響で足に浮腫ができたので室内履きのシューズをまた調達していいか、などといったことだ。
そのたびに元気にしているという話が聞けていた。

一方のわたしは月に一度届く請求書に従って、マサさんの老健の利用料の支払い手続きをするだけ。
10月の通帳記入では、入院時の装具(コルセット)の費用の8割が戻ってきていることも確認できた。2割負担ということか。

そういえばマサさんの入所からもう3ヶ月になる。
退所後という話題はまったく出ていないがどうなるんだろう。薮蛇になっても困る。わたしのほうから何かを言い出すことはやめておこう。

あっちゃんとも電話でたまに――本当ならば頻繁に電話するべきなのだろうが、それはわたしにとって苦手なことのひとつだ――話をしていた。
大筋では元気そう、という感じ。本人曰くマサさんの見舞いに毎日行っていることが(実際には週に数度とさくら老健からは聞いていた)体調の面でポジティブに働いていればいいのだが。

わたしの妻もときどき連絡を入れてくれていた。
「今日はまた『マンションの1階の部屋に移ろうかと思うんだけど』って言われたわよ。部屋買ったり売ったりするのは大変だから難しいですよね、って言っておいた」と、適切な説得をしてくれてもいた。
いずれにしてもこのマンションの1階と部屋を交換するという話はもうやめてほしい。わたしは心底そう願っていた。

11月末、マサさんの誕生日がやってくる。いよいよ卒寿だ。

妻の発案で、わたしの家族の集合写真を入れたバースデーカードをさくら老健に送ろうということになった。写真というツールが記憶のどこかに引っ掛かってくれればという期待もある。
普段なかなか揃わないふたりの息子も加わっての集合写真、わたしにとっても貴重な1枚になった。

さくら老健から請求書が送られてくる際、入所者の様子を写真で紹介したプリントが添えられてくる。11月分のプリントには『11月のお誕生日会』というキャプションとともに、ずいぶん髪が伸びたマサさんの写真が載っていた。破顔といったような笑顔ではなかったけど、十分に笑顔に見えた。
ケアマネのコハマさんからのメモには、『バースデーカードの写真を指差して俺?と喜んでいらっしゃいました』と書かれていた。

マサさん、その人はあなたではなく、息子であるわたしだよ。そっくりでしょ。

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