[038]
9月半ばのことである。仕事中のわたしのスマホに着信があった。あっちゃんのスマホからだ。日中にかけてくるなんて珍しい。
「もしもし、どうしたの」
『今ね、マサさんの病院にいるんだけど』
あっちゃんは老健のことは病院だと思っている。わたしも特に訂正していない。
『マサさんの携帯電話がないのよ』
急にその話が出てきて驚く。
「さくらには持って行ってないよ。もうだいぶ前になくしちゃってたじゃない」
『そんなことないわ、持ってきたわよ』
「持ち込んだ荷物は一緒に準備したでしょ。間違いなく、携帯電話は持ち込んでないよ」
『そうなのかしら』
どうにも納得できてないようだけど、とりあえずはわかってくれたようだ。
マサさんのスマホを解約したときには、あっちゃんには説明したような気がするんだけど、どうだっただろうか。
さらに翌日も着信がある。いやな予感が走る。
「もしもし」
『マサさんの病院にいるんだけど、携帯電話がないのよ』
「さくらには持って行ってないよ」
『持ってきたはずよ』
前日に比べて頑なだ。その頑なさが、わたしの言葉を強くしてしまう。
「持っていってない。信じて。お願いだから」
正直に言えば同じ話を繰り返すのはつらい。メンタルが削られる。
それに抗うようなイライラが、言葉になってしまった――後悔。
この日からしばらく、わたしは電話が鳴るのが怖かった。
そうしたやり取りのあった翌週、あっちゃんはながいきセンターのセイコさんに引率されて、大学病院の脳神経内科を受診した。
そして結果はセイコさんからのメールで知らされた。
『結論から言うと「軽度認知障害」の診断でした。おそらくアルツハイマー型認知症の初期段階でしょうとのことです』
『頭部MRIでは、出血や腫瘍など大きな病変なし。脳全体は少し委縮していると』
『2以上が異常とされる海馬の委縮度は1.21で、それほどでもないそうです』
正確な診断がされたということで、結果そのものには特に驚きはない。
『MMSE(簡易認知症検査)は30点満点中29点。前回内科クリニックで18点で心配していましたが、本日は問題なさそうでした』
いや、この数字には驚く。
ケアマネさんの前や介護認定の際にはシャキッとするお年寄り、というのはよく聞く話だし、「なんでわたしがそんなとこに行かなきゃならないのよ」という本人の言葉を結果として出した形か。
あっちゃん本番強いな。
いや、日々のさくら老健への「通勤」がさまざまな意味で刺激になっていれば幸いなのだけれど。
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