最後に志賀高原でスキーしたのっていつだろう。
このブログを検索してヒットしたのが2009年4月・・・・って17年前やん!
しかもこのときは熊の湯だったので、蓮池・ジャイアント・一ノ瀬・奥志賀エリアは行ってないわけで、20年ぶりぐらい??
行きたいなとはずっと思ってて、それが今回ようやく。そして・・・サイコーだったんすよ!
コンディション。
いやもう天気サイコーで。そもそもワタクシ、晴れることが少ないタイプ――世間からは嵐を呼ぶ男と呼ばれております――なのに、空が真っ青で!!
いや、それ以上に最高だったのがバーン状況。
昨今3月も半ばになると春の雪、そろそろシーズンも終わりかねぇみたいな雪質(簡単に言うと滑りにくい)になっちゃんだけど、標高の高さと冷え込みと・・・・サイコーでした!
晴れてるのに気温は低く、しっかりと締まった固いバーンの上に少しだけ、ほんの少しだけ新雪が乗ってて。
固いといえどしっかり圧をかければわりとイージーに板がグリップする。深くカーヴするほどでもなく、でもしっかり彫り込めている――滑りながら振り返って自分のシュプールを見届けたい、そんな状態(伝われ)。
特に朝の1本目の快感度たるや。
「いやーん!さいこーーーーーぉぉぉ」
まるで優勝した選手のように叫びながら両手を高々と突き上げましたね(お恥ずかし)。
日中の気温とか標高とか、時間帯や場所によって状況は少しずつ変化はしたけれど、この時期にこれだけのコンディションでスキーができたこと、最高以外の表現が見つからない。
荒れてきてもなんかすっげー滑る雪なんよ。
思い出。
志賀高原といえば、ホームゲレンデとは呼べない存在ではあるけれど、自分のスキーヤーとしての人生(大袈裟)に欠くことのできない思い出が山ほどある(山だけに)。
今回は焼額山を起点にして、スキーを履いたまま滑れるエリアを、ツアーと称して滑って回った。
- 学生のときの引退のセレモニーがあった一ノ瀬ファミリー(あのゲレンデのレストハウス?はなくなってた)。
- 記憶があいまいなぐらい集中して挑んだ急斜面種目の大会バーンの寺子屋は、その大会バーンに架かってたリフトは撤去されててゲレンデとして機能していなかった。
- 大会で、今思うと超絶難しい(意味わからないとも言う)緩斜面種目を演技したブナ平で、当時っぽく滑ってみたり(制限滑降を滑った通称「ブナ急」には木が植えられてた)。
- 先輩たちの活躍を見て、自らは検定会で撃沈したジャイアントスキー場はやっぱり急斜面で(大会やってたんで半分ぐらいしか滑れんかったわ)。
- 上から下まで滑り切ることに憧れてた丸池Aコースは雪不足で閉鎖中(ざんねん)。
- 指導員養成講習会で練習したサンバレーのメインじゃないバーンはリフトも撤去されてもはやゲレンデではなく。
- スラロームに出場した西館山はガスがかかっててちょっとパス(^^;
- 東館山の卵ゴンドラはブナ下(!)に移設されてて(やってきた搬器を見て「卵じゃない!」って言ってたら「卵待ちます?」と係員(美人さん)に言われたww)、東館山のゴンドラからは懐かしの温泉旅館(すでに営業しておらず)を見下ろして。
- 2シーズン続けて怪我をした苦い思い出がある高天が原は、とにかく安全運転で滑って(^^:
古いアルバムの中に、思い出がいっぱい。
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| ブナ平で緩パラの外向傾を作ってみるなど。 |
(後半戦に続く)

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