2025年8月12日火曜日

翳りゆくひと。[107]


[107]

2024年の暮れも押し迫った30日、わたしはすでに年末年始休暇に入っていたが、金融機関は営業日でもある。マサさんとあっちゃんの通帳を抱えて記帳のための銀行回りに出かけた。

想定外の支払いなどが発生していないことを確認しつつ、およそ半日かけてようやく自宅に戻ったところ、マサさんの土地売買の契約書が届いていた。
マサさんが署名したという契約者名の欄を見てみると、かなり怪しい筆跡ではあるものの間違いなくマサさん自身の手で名前が書かれていた。

が、その名前の周囲にまるで落書きのようなものがいくつもいくつも書かれている。そこには削除線が引かれている。
同封されていたメモによれば『名前以外にも書かれてしまったところがあり、削除することといたしますので訂正印を押してください』とある。想像でしかないのだが、「ここに名前を書いてくださいね」と言われたマサさんは、『ここに名前を・・』とそのまま契約書に書いてしまった、そんなところではないかと思う。

『署名は難しいかもしれません』

先日ミズマキさんに言われた言葉を思い出す。
かろうじて名前そのものは書けるものの、その手前の認識がまったくできていないということなのだろう。まるで文字を覚えたばかりの子どもに戻ってしまったかのようだ。

そんなことも考えながら契約書を見ていたところ、あることに気づいた。わたしはパソコンを立ち上げ、すぐさま司法書士にメールを入れた。

「売買契約書等、届きましたが、メールでやり取りさせていただいて修正をいただく【前】の内容に巻き戻っているようです。このままでは押印できません」

まさかわざともともとの内容で契約書を作成したということはないだろうが、司法書士という資格を持つプロの仕事とは思えない。「なめてんのか」とわたしの中で怒りが渦巻く。

本来ならば契約書を作り直すべき(という程度の失態)だとは思うが、マサさんに再度署名をしてもらうというのが圧倒的に現実的ではない。

「訂正印対応しかないかとは思いますが、ご対応につきご連絡ください」

そう書いて送信した後、思いのほか早く返信が届く。

『間違えて変更前の分で契約書を作成していたということで申し訳ございません』

あまりに軽い謝罪で腹立たしくもあるが、それを言ってもしかたがない。
最終的に全ページにわたり、訂正印だらけの契約書が出来上がった。

結局、年末の貴重な休日が丸一日潰れてしまった。

年が明け1月6日。マサさんの印鑑証明をコンビニで出力し、契約書2部とともに司法書士に郵送した。次は登記か。

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