[077]
郵便局の次は銀行だ。
あっちゃん名義のY銀行の口座のカードをATMに入れて残高確認をしてみる。聞いていた暗証番号が正しいかどうかの確認なのだが、悪い予感が的中した。
へたに何度かトライしてカードがロックされてしまっても困る。いったん保留にして後でもう一度聞いてみよう。
続いて前日通帳が使えないと表示されたN銀行。月曜日の午前中ということもあるのだろうか、窓口でそれなりに待たされてしまった。今日のうちに対応しておきないと後々面倒なことになりかねない。整理番号の紙を握っておとなしく待った。
結局、長く使用してなかった通帳の磁気の問題だろうということが判明し、新しい通帳に更新してもらった。
そしてこちらでも暗証番号は間違っていた。
マンションに戻ってあっちゃんに確認した。
「ねえ、教えてもらった暗証番号、違ってたみたいなんだけど」
「あら、△△△△じゃなかった?」
聞いてたのと全然違うじゃないか。
「あ、そうか。そうかもしれないね」
適当に話を合わせて、改めてATMに向かい、そして残高照会をかけてみた。
今回聞いたのが正だった。
なんだか無駄な動きを繰り返しているようだが、もはやこの程度で驚いたりはしない。前に進めたことを喜ぶのみ。
あっちゃんとみぃさんは貴金属、バッグなどを中心に最後の荷物の選定をしている。
「このバッグ使う?」
「そうですねぇ、一応もらっておこうかな」
「この靴は?」
「それはサイズが合わないですね」
みぃさんは相槌を打ちながらもらったバッグを自宅行きのダンボールに放り込んでいく。あっちゃとみぃさんでは趣味が異なるので、おそらくはそれを使うことはないだろう。が、みぃさんもまた、先に進むことを優先しているのだ。
そのやりとりを見ながら、わたしは電話機とインターネット回線の接続を外した。
返却の必要のある光回線の機器は自宅行きのダンボールに入れた。
これでもうこのマンションの固定電話が鳴ることはない。
夕方、みぃさんに促され、あっちゃんはマンションで仲良くしていたという数件の家に挨拶に出かけた。といってもひとりで行かせられるわけもないので、「長男の妻」が同行して。
たぶんマンションの方々もあっちゃんのひとり暮らしには心配をされていたのではないか。快く送り出してほしいと願う。
その間、わたしはマサさんの部屋にこもった。大事なものを見落としていないか、再々確認のつもりだったが、結局ゴルフの会員権など、期待したものは見つかることはなかった。
「ここまでかな」
夕食はスーパーの弁当にした。
食事前に洗面所で手を洗って、ふと振り返ると、洗濯物に隠れるように置かれた大量のティッシュペーパーとトイレットペーパーに気がついた。備蓄にしては明らかに多すぎる。もちろん5箱パックとかが開封されていない状態のままだ。
気になって、もう一度家じゅうを確認したら、今まであまり入室していなかったあっちゃんの部屋のドアの裏側――扉を開くと死角になる場所――にも同じように積んであった。
もはや何かを言う気にもならない。
いずれにしても消耗品はもらってくよ。わたしの自宅行きダンボールがまた増えた。
「明日朝10時半に出発だから、少し早く来るね。今日はゆっくり休んで」
あと1日だ。ようやくここまで来た。