[059]
午後、改めてイワキさんがシルバーサポート社のウチコシ社長を紹介したいということで、マンションを訪ねてきた。
「このたびはいろいろとありがとうございます」
「こちらこそ、イワキさんを2日間も拘束してしまって」
「それはもうお気になさらず」
話の流れでついつい聞いてしまったのは、SS社のビジネスモデルについて。何せ入居費用の話は出ていたけれど、わたしとSS社との二者間の取引や費用の話はまったく出ていなかったから。
ビジネスとしては、施設の仲介ではなく、この後に控えるマンション売却の際に手数料をもらうということで成立しているのだという。1件の単価が高くはならないけれど、サービスを手厚くすることで引き合いの数は増えていて、同時進行で数十件が動いているのだとも。
間に入っていただいて本当に良かった。そうはっきり言っていただいたからには徹底的に甘えさせてもらう。
わたしたちにとって最大のサービスとなる、マンションの片付けである。
「身ひとつでまずは引っ越していただいて、大切なものだけは息子様のご自宅にお送りいただくのがいいと思います。フリマアプリとか使われてますか?」
「いやまったく」
「不用品をそうした形でお売りになる方も多いです」
「高価なものとかはあまりないと思いますね」
「お着物なんかは、正直申し上げてあまり値がつきません。大切なものだけ、どなたかに差し上げてしまうという形がいいようと思います」
なるほど、なんとなくイメージはつかめた。とにかく何もかもここに残したままで転居してしまっていい、ということだ。
おんぶにだっことはまさにこのこと。実際に産廃業者を呼ぶにしても、その手前の片づけは必要になるはずで、そんなことをしている時間は、おそらく持てないから。
「わかりました。またいろいろとご相談させてください。あ、イワキさん、これ、ホームの申込書、記入しましたので、よろしくお願いします」
わたしは前日ひとつめに見学をした介護付き老人ホーム「グッドライフ中央公園」への入居申込書をイワキさんに手渡した。その様子はあっちゃんも見てたはずだ。
「承知しました。入居の手続きを進めておきます。詳細はまたご連絡をいたしますが、順調に進めば5月中のお住み替えという形になると思います」
1ヶ月後か。想像以上に展開が早いが、もはや立ち止まることはできない。とにかく身体だけでも入居させないと。
決意を新たにする、ということでもないかもしれないけれど、わたしはそんな気持ちになっていた。
「疲れたでしょ。休んでていいよ」
ふたりが帰った後、わたしはあっちゃんに声をかけて、そしてまたキッチンに入った。
シンクの横に洗ったとおぼしき小さな器が2つ。シンクそのものは洗い物で埋め尽くされているというのに。
しばらく考えてひとつの推測に至る。あっちゃんは「ちゃんと片付けている」と言っている。それはつまり、使った食器はちゃんと洗っているという認識だ。それがこの2つの器。
だが、それ以外のものには気が回らない。目に入っていないといってもいいかもしれない。だから洗い物が溜まっていることには気づいていないのではないか、だからここまでの惨状になってしまっても平気なのではないか。
認知症とは文字どおり認知機能の低下なのだから。
わたしはひとつ息を吐いた。よし。
シンクとコンロまわりはこの際いい。せめて転がってるゴミだけはまとめよう。
このとき一瞬、冷蔵庫というワードが頭の中をよぎったが、扉を開けてみる勇気が出なかった。
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