[057]
約束の時刻になってイワキさんからわたしのスマホに電話が入った。
『マンションの下まで参りました』
やっぱりあっちゃんの準備がまだできてない。
「すいません、5分ほどお待ちいただけますか。すぐに下りますので」
急かすようにあっちゃんとともに出発する。マンションの下でイワキさんがあっちゃんに声をかける。
「先日はありがとうございました」
「ん、あ、はい」
やっぱり覚えてなかったか。それでもあっちゃんは何かを拒絶するようなこともなく、車に乗り込んだ。
急に「行きたくない」とか言われたらどうしようかと思ってたのだが、これもあっちゃんの外面の良さ、みたいなことなのかもしれない。
昔話を含めた雑談をしながら車に乗ることおよそ30分弱。最初の目的地である介護付き老人ホームに到着した。
思っていたよりも街中にあるんだな。外観は普通のマンションと変わらない。
応接室のようなところでまずマサさんとあっちゃんの現状確認を。大枠ではイワキさんから伝わってるはずだが、再確認ということだ。
「ご主人の麻痺は左右どちらでしょうか」
わたしが思い出そうとしていると、横からイワキさんがすかさず、
「左です」
と回答してくれた。
あっちゃんには直接、持病とか最近の様子とかが質問された。やたらにハキハキと回答してるが、それは昔の話でしょと思うことも多々。あとで訂正しとかないと。
それからは相談員の方から施設の説明を。特に医療関係の充実度を丁寧に説明してもらった。この医療体制は好印象。十分に信頼に足る内容だと思った。
家族としては一番のキーポイントだし。
その後は実際の居住スペースを見学させてもらった。
施設そのものは大きいものの、全体に落ち着いている印象だ。
帰り際、相談員の方に耳打ちをした。
「先ほど、母は自身の生活が完全に自立しているように言っていましたが、実際にはかなり厳しいです。話半分でご理解いただければ」
ふたつめの施設は、ひとつめの施設から車で5分ほどのところにある、住宅型老人ホーム。
「こちらは食堂のスペースで、一流ホテルのシェフの監修でお料理を提供しています」
「月に一度、世界のお料理を」
「ご希望があればバスで遠足のような形でおでかけも」
なんだろう。説明の担当の方がグイグイとアピールしてくる感じだ。
そのときに気がついた。ひとつめの施設では担当の相談員の方は、ロンTの上にポロシャツ姿で、いかにも「現場のスタッフのひとり」という感じだったのが、この施設の場合、白のブラウスに黒のスーツ。つまり「営業マン」然としているということに。
確かにさまざまなサービスは充実しているように思える。でもそれは、ひとつひとつ料金が発生して初めて成り立つことであって、となるとマサさんの介護も「金で頼む」ということのひとつでしかない、ということだ。
余裕があればそういう選択肢もあるのだろうが。
そしてもちろん、ベースの費用もずいぶんと高額になる。
帰りの車の中でわたしはイワキさんに、「住宅型はコスト含めて難しいと思います」と伝えた。イワキさんもまた「そう思います」と。
この日はあっちゃんのコンディションも考慮して2つの施設で見学を終えた。明日もう1つ見学して、そして結論を出そうとわたしは決めていた。
マンションに戻ったあっちゃんだが、やはり疲れたのか、ソファに寝そべってしまった。
「疲れちゃった」
「立ってるとクラクラしちゃう」
そういう姿を見ていても、やはり「介護型」以外の選択肢はないのだろうと思う。
「明日もうひとつ見に行くからね、早く寝てゆっくり休んで」
あっちゃんのための晩御飯をコンビニで調達しておいたのだが、電子レンジがゴミの中に埋もれていて使えないということを忘れていた。ごめん。
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