[058]
施設見学の2日目。わたしは早めにマンションに着いて「家捜し」をしていた。
「あ、これ」
以前はリビングテーブルの上にあった文箱が、マサさんの部屋の隅に片付けられていて、その中からマサさんの実印が無事見つかった。なぜそうなってたかは言わずもがな。
印鑑証明を求められる場面があるということは実印が求められるということ。ひとつ安心材料が増えた。
予定の9時20分になって、前日同様SS社のイワキさんが迎えに来てくれた。
あっちゃん、さすがに今日は見ず知らずの人が来た、という感じではなかった。
車で30分強。距離的には前日と変わらないものの、郊外に向かったせいか、ずいぶん遠くまで来た気がする。
みっつめの見学は介護付き老人ホーム。全体の規模や静かな立地そのものは好印象だが、施設そのものに若干の古さを感じるのがわたしには少し気になった。
夫婦部屋もあるとのことで見学をさせてもらったが、介護度が違うふたりには別の部屋に入ったもらったほうがよさそうだ。夜でも2時間おきに介護が必要になるマサさんが横にいると、あっちゃんが眠れないことになるから。
この施設の構造としていくつかのユニットに分かれているのだが、そのひとつひとつの入口にあたるエリアに「集会場」のようなスペースがあって、多くの入居者が集まっている。
ただそこに集う人たちが、あっちゃんよりも年齢も介護度もかなり上に見えたのが懸念と言えば懸念か。
3つの施設を回った印象では、総合的にはひとつめのところが良さそうだという話をしながらマンションに戻ったのだが、イワキさんが帰ってわたしとふたりになると、あっちゃんが急に口を開く。
「さっきみたいなところの人たち見てると、自分もああなのかと落ち込むわ」
やっぱりあの人たちの姿が気になってたか。その意味でもひとつめの施設だな。
「じゃあ、昨日見学したところに決めよう」
「ここにもう少し住みたいわ」
えっ、それを今ここで蒸し返すの?
「マサさんと一緒に住むって前提で話を進めてきたんじゃない。約束だったでしょ」
「泣きたいわ」
「こっちだって泣きたいよ。任せてくれるって言うから、いろんな人にお願いしてずっと準備してきたのに」
駄々をこねられて、反射的にわたしもつい声を荒げてしまった。
「何度も言ってきたけど、本人が思ってるほどきちんと生活できてないんだよ。要支援ってことは、誰かの助けを受けてくださいって意味なんだから」
「ちゃんとできてるわよ」
「できてないじゃない。台所見てごらんよ、ゴミばかりで何も片付いてないじゃない」
そんなつもりじゃなかった。こんなこと言うつもりはなかった。
でも、なんで何も理解してくれないんだという苛立ちを、わたしは抑えることができなかった。
逆にあっちゃんは言うだけ言ってすっきりしたような、あきらめたような、それから数分後には落ち着きを取り戻していた。
受け入れてくれさえすれば、わたしから言うべきことは何もない。
「じゃあ、昨日見た施設の入居の申込、書くからね」
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