[023]
ホテルからマンションに向かうこの道にもすっかり通い慣れてしまった。蝉の声がうるさい。
あっちゃんの様子はいつもどおり。マサさん不在が特に影響があるようには見えない。少しだけ雑談をして、それから病院に向かうことにした。
「入院の手続きとかがあるから、よしおか病院にちょっと行ってくるね」
「そうなの」
約束の10時に病院の窓口で地域連携室のヤマモト看護師を呼び出してもらい、事務的な諸々の説明を受ける。たくさんのことを言われたような気がするが、全部頭に入ってるだろうか。自分のことながら心配になる。
いや、これをあっちゃんがやることになったら、それこそ大ごとだ。しっかりやらなきゃ。
まずは入院同意書への記入、それからパジャマ、洗面道具、おむつといった身の回りの品の利用契約書にサインをした。
今どきの病院は、出入り業者がこうした品をすべて手配してくれるんだな。家族がいちいち持ってきたり洗濯したりといったことがないのは、すごく理にかなってる。少しでも負担がなければそれに越したことはない。もちろんわたしには対応はできないのだし。
「今、別の病院の脳外科で、再度のCT検査をしています」
「その結果を受けて、院長から説明をいたしますので」
よしおか病院には脳外科はないので、近隣の病院に行っているそうだ。こうした連携は本当にありがたい。
それから受付窓口の方からマサさんの医療保険証を返却してもらった。いぬかいのヨコミツさんがちゃんとピックアップしてくれてたみたいだ。よかった。
検査の結果次第では転院の可能性もあるので、医療保険証と介護保険証はセットにしておいたほうがいいとのことで、事務の方がいぬかいに連絡を取ってくれて、サダカタさんがわたしがいるタイミングに合わせてわざわざよしおか病院まで介護保険証を届けてくれた。
「今回はいろいろとありがとうございました。今日もお忙しい中すいません」
「いえ、今後も何かありましたらお声がけください」
こういう場所で、信頼に値する知った顔を見ることの安心感。そして自分たち家族のために動いてくれる人がいることに対する感謝。わたしはそうした思いを噛みしめていた。
手元に医療保険証と介護保険証が揃ったのは初めてだ。なくさないようにしないと。
だが、よく見ると医療保険証の有効期限が今月7月末までになっている。新しいのはもう届いていたりするのだろうか。
「つかぬことをお伺いしますが、新しい医療保険証ってもう各家庭に送られていたりするんでしょうか」
「いえ、窓口ではまだ新しい保険証は見ていないので、おそらくまだだと思いますよ」
「ありがとうございます」
わたしはいったんマンションに戻ることにした。
あっちゃんに入院手続きを終わったことを伝えた。
「午前中は検査しているみたいなんで、午後、院長先生から病状の説明があるからまた行ってくるね」
「院長先生って前の院長先生の息子さんね」
マサさんあっちゃんがこの地に越してきてから、ずっと通ってる病院だから、もう数十年もの付き合いになるはず。
「お兄さんもお医者さんで、院長は弟さんのほうよ」
「マサさんが家の前で転んだときに、助けてくれた若い男の人とよしおか病院でばったり会ったのよ」
あ、その話は昨日も聞いた。
はっきりしてる記憶とぼんやりしてる記憶がランダムに登場してくるんだな。
「そうだ。もうすぐ新しい医療保険証が送られてくるはずだから、絶対になくさないように、このテーブルの上に置いといて。次に必要になるから」
話をしながら、わたしはいつものようにリビングテーブルの上の書類や郵便物をチェックしていた。今回はマサさんの入院という事情があるから、特に保険関係を確認したかったのだ。
「生命保険とかの書類ってどこかにまとまってるの?」
「この引き出しよ」
引き出し、開かないぐらいにパンパンじゃん。何が入ってんのこれ。
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