2024年4月5日金曜日

翳りゆくひと。[022]


[022]

わたしの乗った飛行機は、予定よりも10分早く目的地に着陸した。

『すべての電子機器がお使いになれます』というアナウンスを聞いて、スマホの機内モードを解除した。と、表示されたのはあっちゃんからの4回の着信履歴。いったい何だろう。
妻からもメッセージが入っていて、それによれば、あっちゃんはわたしが向かっていること自体を忘れていて、マサさんが入院した、わたしに連絡がつかない、どうしよう、と妻に連絡をしてきたということだった。もう向かってますよ、ということで安心したようだったそうだ。

とりあえずあっちゃんへの折り返しは、やめておくことにした。
それからあっちゃんの記憶力のことを、いちいち嘆くのもやめておこう。しょうがないことなんだと繰り返し自分に言い聞かせて。

あっちゃんのマンションに到着し、時計を見るとすっかり夕方になってる。やっぱり遠いな、と改めて思う。

「マサさんの様子、どうだった?」
「別に普通だと思うけど」
「でも動けないって聞いてるよ」
「そんなことないと思うんだけどね」

あっちゃんは、マサさんが倒れた事実を受け入れられてないのだろうか。
ただ、会話を続けると、ゴミ出しに出たときに転んだことがあるとか、そのときに通りがかりの若い男の人に助けてもらったとか、その男の人とよしおか病院でばったり会ったとか、そんなことを話してくれる。
もしかしたら、その男の人って、デイサービスのサダカタさんじゃないのかな、断片的な記憶があっちゃんの脳内で再構築されてるのかな、などとわたしは思いながら話を聞いていた。

いずれにしても、マサさんの入院は当面続くはず。仮に退院となってもエレベーターのないマンションの4階に住むのは非常に困難だと言わざるをえない。だから何らかの施設に移ることになるのだろう。

「しばらくはひとり暮らしになると思う」
「そうなのかしら」

それでもそういうことになるからと繰り返し説明をして確認をした。
もちろんあっちゃんが納得できているのか、そして記憶できたのかは定かではない。

そのあとは例によって銀行口座の通帳記入を。
公共料金とマンションの管理費が、年金受給口座であるFA口座からの引き落としに変更になっていることが無事確認できた。これでライフラインはひと安心だ。
細かい引き落としが継続しているN銀行の口座には、少しばかり入金をしておいた。

月々の支払い関係が解決したのはいいのだが、今後のことを考えると保険とか資産とか、そうしたものを整理しておく必要があるのだろうな。
ただ、あっちゃんは「マサさんがやってるから」と完全に人任せだったわけで、今の段階で何かできることはないか。
次になにがしかの確認手続きがあるときに、個々に対応していくしかないかな、わたしはそんなふうに考えることにした。

ふと思い出して聞いてみた。

「そういえばこないだ来たときになかった、マサさんのスマホって見つかった?」
「さあ。持っていってるんじゃないの」

呼び出してみても『電源が入っていない』は続いているけど、今のこの段階では解約とかするのはやめておくかな。
わたしは消極的にそう選択した。

この日の夜はスーパーで買ってきた弁当をあっちゃんとふたりで食べた。
難しい話は抜きにして、マサさんの転勤で引っ越したあちこちのこととか、楽しく昔話をして過ごした。

あっちゃん、昔話なら大丈夫なんだな。

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