『自転車とスキーは、久しぶりでもやり方は忘れない』
よく言われる言葉だし、自分自身でも使ったことがある。実際に2シーズンぶりだろうと、曲がったり止まったりすることに難儀することはない。その意味では忘れない、というのは正しい。
今回のスキーは雪不足の影響もあって、野沢温泉スキー場の誇る急斜面群は、どこも厳しい条件だった。簡単に言うとスケートリンクに大きなコブを作って思いっきり斜めにしたようなもんだ。
ほとほと困り果てた。
実は今回、「調子がいい」と思ってた。いわゆる乗る位置が良くて板が快適に動くところを使えてたし、前後左右のバランスも悪くなかった。
ただそれはイージーな条件が整ってる場合に限定されてたのだと思い知る。
その厳しい条件の中、安定的にあるいはアグレッシブに滑るだけの技術を発揮できず、難しい状況を乗り越えるだけのフィジカルもなく、何より目の前のバーンに挑もうという気力が出てこない。
端的に言うなら、怖かった。
そういえばアルペンレースにおいても同じようなことを思ったことがあったな。
そしてひとたびそういう感情が表面化すると、難しくないはずの場面でも自分から難しくしてしまって――。
心技体。その心が最初にやられてた。
本当は気づいてたんだ。もう何年も何年も前から。
わかってたのに認めたくなかった。自分はヘタクソだと。
気づいているから、悪いイメージしか出てこない。
自分の持っているイメージ、すなわち、「自己と過去を徹底的に美化した残像」との決定的な乖離。
避ける・逃げることしかできない自分に、自分でがっかりする感じ。情けないというのか。
それからできないことを見られている恥ずかしさ。
さらにそれに加えて、できる人に対する憧憬と嫉妬。
おそらくは不要なプライドというやつだと思う。
楽しんでいるはずの自分の中に、まったく楽しめていない別人格がいるような気分だ。
ひとつには、現在の自分を認め、できる範囲で楽しめばいい、という諦めにも似た気持ちがある。
もうひとつには、「もう一度積み上げなおす」という気持ちがないでもない。ただ、そういう手間暇をかける意欲や余裕が自分にあるのかという自問も繰り返している。
いちばん必要なのは勇気、つまり「心」の部分。
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ぜんぜん関係ないが、このブログのおかげでスキーブーツが11シーズン目ということを確認。もうすぐ割れちゃうな・・。
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