美しい人だった。
そうは言ってもあれから信じられないほどの時間が経過している。頭の中で美化してるんだろうと言われればきっとそのとおりだし、思い出すとは言いつつも実際のところその顔がハイビジョンで浮かんでいるわけではない。俺はもう彼女の細かい表情までは思い出せない。むしろ古ぼけて輪郭と凹凸が曖昧になった白黒写真のようでもある。
おそらく、今頭の中にいる志野は、俺の妄想が作り出した姿だ。
でも、美しい人だった、と思う。
たとえどんな場面だろうと、その立ち姿は常に凛としていた。今風の言葉ならオーラがあるとでも言うのか、それは初めて見た、そして初めて感じた美しさだった。
背筋が伸びてるとかそういうことだけじゃない、彼女の芯のようなもの。
少年のようにはしゃぎ、少女のように微笑み、性別や年齢や立場を超えて誰とでも分け隔てなく接する。そのくせわきまえた言葉遣いや態度というやつもきちんとこなす、品の良さ。
女々しくてしかたない俺なんかよりもよっぽど男っぽかった――男前ってやつか。表裏がなく、何でもすぐ顔に出て、それを隠そうともしない潔さをも持ってた。
そうした存在そのものが美しかったのだと思う。
こういう相手となら、男女の友情なんてものもあるのかな、などと思ったこともあった。だけどやっぱりそうはならない。
確かに志野には何でも話したし、笑い合えたと思う。だけど俺はただひとつ、本心だけは口に出していなかった。
普段はラフな印象の服が多かったが、たまにやたらにキュートだったりクールな感じになったり、そのたびにどぎまぎして、そんな小さなことでも俺の「本心」はその存在を増していた。
「おっ、今日はどうした」なんて軽口を叩きながら。
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