2015年5月30日土曜日

プロジェクト・サーティ (5)視線

2杯目のビールグラスが空くのを待ちわびたように矢野がメニューを手に取った。

「よーし、せっかくだしボトル入れようぜ」

何がせっかくなんだかよくわからないが、それをきっかけにするかのように、甘木は黒い鞄から角2サイズの茶封筒を取り出し、すっと俺のほうに差し出した。

「これ、お願いしたいんだよ。頼めるかな」

甘木の目線は、俺をしっかりととらえている。あくまでも優しげな視線で。
だが、その目を見ると、断るとかそういう選択肢がないことが本能的に感じられる。

「だいじょぶだいじょぶ、コイツならやってくれるって。なにせ断れない人だもんな」

メニューから目を離さずに、矢野が言葉を重ねてくる。

断れない人、か。ずいぶんと軽く言ってくれる。だが正解だ。
「断らない」ならそこには能動的な意志がありそうだが、自他ともに認める受身の「断れない」だからな。誰かの顔色をうかがい、嫌われたくないから。できれば誰かに褒めてほしくて。
要はただのお人好しだ。そうやって生きてきたんだ。

「ふっ」

ためいきだったか、それとも自虐的な笑いだったか。自分でもよくわからない息を吐き、そしてその「P-30」と走り書きされた封筒を中身も確かめず自分のバッグの中に放り込んだ。

「明日早いんだ。悪いな、ちょっと先に帰るよ。ボトルの酒はまた今度飲ませてもらうから」

また小さな嘘を重ねた。財布から札を数枚抜き出し、引き留めようとする矢野の声を遮るように手渡した。そしてそのまま振り返らずにSBを後にした――。

だが実際の俺は帰る気にもなれず、河岸を変え、今はこうしてひとり焼酎を飲んでるわけだ。

我に返ると店には古いアニメソングをがなる声が響く。でもなんだか今はそのうるささが逆に具合がいい。声の主は確かまっちゃんと呼ばれてる常連さん。なんだ、もう客はふたりだけじゃないか。

店のマスターがポケットから携帯電話を取り出し、一瞬だけ視線を落とした。そうか、そろそろ閉店時間なのか。でも帰っても眠れそうにない。

「遅い時間だけど、もう1杯もらってもいいかな?」
「どうぞどうぞ。お作りしますね」

ああ、この人もきっと断れないタイプだ。

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