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老人ホームへの入居直後ということもあって、わたしのスマートフォンにはいつもよりもかなり多くの着信がある。
多くは事務的な話ではあるのだが、特にあっちゃんからの「帰りたい」という電話があった以降は、正直電話が鳴るのが怖いとさえ思っていた。
そんなときにかぎって詐欺まがいの着信とかワン切りとかがあるのだから困ってしまう。
それはさておき、やるべきことは山積みだ。
マサさんが通っていた、脳梗塞を発症した際にもお世話になった「小規模多機能ホームいぬかい」への老人ホーム入居の報告をメールした。
さっそくケアマネのサダカタさんから返信があった。
『ごていねいにお知らせいただきありがとうございます。ご夫婦で入居されたとのことで、当方も安心いたしました。介護付きとのことですので今後も安心してお任せできると思います』
定型文だとは思うけれど、プロの人にそう言ってもらえることが今のわたしにとって何よりの安心材料である。
6月4日にはさくら老健への最後の支払いを実施し、確認書類にサインそして郵送し、マサさんの老健での生活は完全にひと区切りとなった。
翌日はあっちゃんが長きにわたって愛読している茶道の雑誌の営業部に電話をし、送付先の変更を届けた。通常は雑誌の送付時に年間購読の請求書が同封されているようなのだが、それだと支払いが滞るので、事情を説明して請求書だけはわたしのほうに郵送していただけるようお願いをした。
マンションの管理会社から電話があり、わたしの住所を教えてほしいとの問い合わせだ。住んではいないがまだ名義はマサさんのものなので、諸々書類などがあるようだ。
また、マンションの1階に店舗を構えるクリーニング店からも管理会社に問い合わせがあったということなので、わたしから折り返しの連絡をした。
幸い預けてある洋服などはなかったようだが、40年近くの付き合いもあったのだろうから、挨拶せずに転居させたことを詫びた。同じように不義理をしてしまった方々もいるのだろうな。申し訳ないが、それは諦めよう。
さらにグッドライフからも電話が入る。
あっちゃんがこれまで通っていたクリニックへは継続して通うこととしたい、ついては付き添いの費用が発生するが、とのことだった。いいも悪いもない。「よろしくお願いします」だ。
たった1日でもこれだけのことが起こる。かなり混乱というか落ち着かない。
けれどもホームへ入居する前のキリキリした感じではない。一生懸命にていねいにこなすのみ、わたしはそう思っていた。
転送をしてもらっている郵便物も次々に届く。
その中に『毎年ご注文いただいているお蕎麦、まもなくお送りします』と書かれたハガキを見つけた。これはまずいかも。すぐにスマホを手に取った。
「発送のご連絡のハガキをいただいたのですが、こちらもう手配済みでしょうか」
『いえ、まだですね』
「実は転居をいたしまして、そちらが老人ホームなので可能であれば送付を止めていただきたいのですが』
『承知しました。まだ大丈夫です』
「ありがとうございます。それでお代のほうは・・・」
『到着後にお支払いいただく形なので問題ありません』
「そうでしたか。それで、念のためお伺いするのですが、これまでお送りいただいたものの代金はすべてお支払いさせていただいているでしょうか。未払いになっているものはありませんか」
『確認しますね・・・はい、すべていただいています』
毎度思うことだが、老人の通販は本当に怖い。
「この郵便物はダイレクトメールだから放置」と単純に捨てるわけにもいかない。内容によっては「未払いがありませんか」と確認していかなくてはならないのだ。