小川哲「ゲームの王国」を手に取る。まずは分厚い上巻だけを買った。
舞台はカンボジア。そして時代はかの「だいぎゃく■つ」のあった、あの時代だ。
カンボジアの近代史、それを背景とした大河ドラマなのだなと思った。ちょうど「地図と拳」が満州のそれであったように。
序盤、少年少女が登場する。彼らが「未来」であり「希望」なのだろうと想像する。
だがそんな未来よりも、そこに表現されている今があまりに恐ろしかった。
これはホラーだ。
人々の生活にある現実が、そして人が反体制というものに向かっていく思考の過程がホラーそのものだと思った。
あまりに恐ろしく、上巻でやめてしまおうと何度思ったことか。
人間関係も複雑すぎるようにも感じていたし。
だけど気がつけば物語に吸い込まれているようだった。これをホラーと呼ばずしてなんという。
いや、この小説はSFにカテゴライズされていたはずだ。ハヤカワだしね。
ただここまでサイエンスの欠片も見えないのだけど――下巻を読まない選択肢はなくなった。
下巻冒頭、それまで時系列順に進んでいたストーリーに「断章」が現れる。
たとえば映画で、冒頭にクライマックスが描かれ、そのあとにクライマックスに至る物語が描かれる、そんなものにも似て。
ボーイミーツガールなのかと思っていた「彼ら彼女ら」の「未来」がそこにあった。
大河ドラマの最終回のような未来が――いったいどうしてそうなった。疑問が湧き上がる。
その最初の数ページで、下巻を手に取って間違いじゃなかったとそう思った。思わされた。
そしてポル・ポトの時代が終わっていたことに安堵している自分がいた。
・・
・・・
ゲームが成立するのは、ルールを守ることが前提になっているから。
社会的なルールを作る人、それはイコール政治家という存在。
とにかく作中こき下ろされる存在である政治家ではあるが、だけどそこに鍵があるのか?
まるでミステリのように読み進む。
強引に読み解くなら、人の記憶の曖昧さと儚さ、それゆえの大切さ、だろうか。
個人のルールが記憶によって作られるとするならば、その危うさ。危うい土台の上に作られる人生。その集合としての社会。脆い。
『彼はルール違反をなくすために、ルール違反そのものを原理的に不可能にしたんです』
だんだんわけわからなくなりつつ読んでいたのだが、ああああああっと、結末に首肯している自分がいる。
やっぱりボーイミーツガールだったのかも、とも思う。
すごかったー!!でもとにかく難しかったー!!(苦笑)
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