2019年3月23日土曜日

いーっちろぉーーー!

引退試合となったMLBの開幕ゲームはテレビでも見ることができなかった。だからその瞬間のことは知るよしもなかった。
翌日、報道でそのことを知ったとき、最初に思ったのは「50歳でも現役じゃなかったのか」という、ちょっと怒りにも似た感情。裏切られたような、とでも言うのか。
あれだ、推しアイドルが結婚引退とかで怒りながら幸せを喜ぶような感じ。・・・違うか(笑)。

でもどこかでわかってたんだよな。マイアミの時代も、そしてシアトルに戻ったときも、“僕たちのイメージ”とは違ってきてたってことを。どんどんそのイメージから離れていき始めてたことを。
シアトルとのマイナー契約、そして日本でのゲームへの帯同。そんなニュースは「覚悟を決めろ」というメッセージだったと思う。
さらにジャイアンツとのオープン戦で「あ、目がついていってない」と思うに至り、その覚悟が本当に必要なんだなと実感した。

それでもやっぱり、どこかで50歳どころか永遠にトッププレイヤーとして存在し続けるんじゃないかとどこかで思ってた。

だから驚いたし、残念だったニュース――イチロー・スズキ、引退。

引退会見の全文をネットで読んだ。相変わらず、質問者よりも一枚も二枚も上手だね(^^;

その中で、何度も『積む』という言葉が使われた。以前から好んで使っていた言葉だと思う。検索してみたらこのブログでも取り上げてた。イチロー39歳のときだった。当時のブログへの→リンク(そこから先の外部サイトへのリンクは切れてる)

単純に努力ということでは語れない、真摯に継続することでしか積むことはできないのだろうなと想像する。

僕から一番遠いところにあるなぁ(苦笑)。

だからかな、魅力的に見えたのは。
僕はONを見て育った世代だけども、イチローは僕の中では超越してるもの。記録でなくて記憶という意味でも。という話を書いたブログへの→リンク

200本安打とか、オリックス優勝のときのツーベースとか、WBC決勝のセンター前とか、262とか3000とか、思い出すシーンはあるけれど、個人的には「生で見たイチロー」が大きく印象に残ってる。

あれはまだオリックス時代。場所は福岡ドーム(確かまだネーミングライツ使ってなかったような。ヤフードームだったかな?)。

練習中も、守備位置にいても、常に「準備をし続ける」。いつも何かしてるから、見てて飽きることはない。
ゆえにあの広いグラウンドで、なぜだか視線を集めてしまう存在。オーラというか存在感というか。

そして敵も味方もなくスタンド全体から掛けられる声。

「いーっちろぉーーー!」

鳥肌モンだよね。

イチローを生で見たことは、自慢になる。彼のひとつひとつの記録ではなく、キャリアそのものが伝説だとするならば、その一部の証人なのだから。
これから先、新たに野球ファンになる人たちにとっては絶対にできないことだから。

楽しませてもらった。
わくわくさせてもらった。

大好きな偉大なるアスリートのキャリアの最後に、ありがとう、だな。

見てないんだけど、現役最後の打席は「らしい」内野安打っぽいショートゴロだったとか。ファーストベースへの到達タイムから考えると全盛期なら間に合ってたかも、だそうで。
それでもまだまだメジャートップクラスに早いんだとか。そのタイミングでのリタイアってのは、現役に対してしつこかったくせに、意外に潔いな。宇宙人め(^^;
さて、これから先のキャリアには何があるんやろ。


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