2026年1月30日金曜日

翳りゆくひと。[134]


[134]

年金請求、すなわちあっちゃんが遺族年金と、マサさんが本来もらうべきものでまだ未払いだった分をもらえるようにするための書類は、委任状も含め、基本的に年金の番号やら何やらがわかっていれば書けるような書類が大半で、そのあたりは情報を整理してあったので大きな問題はない。
あっちゃんの戸籍謄本もマイナンバーカードを使ってコンビニで用意した。

「生計同一関係に関する申立書」は少しばかり厄介になっていたかもしれない。

マサさんとあっちゃんは、老人ホームでの居室が別だったため、住民票上では部屋番号の部分が異なっていて、つまりは別世帯となっていた。
だが実際にはマサさんがふたりの生活費を支払っていたので、生計は「同一」だ。そのことを『同じ老人ホームの別居室だったので』ということを示すための書類だ。これを証明するのは遺族であるあっちゃんやわたしではなく、第三者であるグッドライフ中央公園の責任者の方に記入していただかなければならない。
この書類については、年金事務所で書類一式を預かった際に「施設の方に書いてもらってください」と事前に言われていたので、葬儀翌日に管理者のイトウさんに記入してもらうことができた。もしこの記入のためだけに郵送でやり取りしていたなら、それだけで数日のロスが出てしまっていただろう。

あとはコンビニで取れなかった「住民票除票」だ。これはマサさんの住民票があった区役所で取得する必要がある。
郵便で申し込むには、手数料の定額小為替が必要ということで郵便局まで買いに行った。
小為替を買うのは郵便の窓口ではなく、貯金のほうの窓口なのか。そして手数料が案外高いんだな。

住民票除票がおおよそ1週間で入手できるということだったので、ウェブ上から年金事務所の予約を入れた。仕事を抜けて行く必要があるので職場最寄りの事務所である。

それと並行していろいろとある。

葬儀費用の領収書が届く。
役所での葬儀費用補助に際してこの領収書が必要かもと言われてはいたが、特に必要とされることはなかった。

8月から有効になる介護保険負担割合証が届く。
あっちゃんの分はグッドライフに郵送、そしてマサさんの分については役所に電話確認の上、事務処理を行っている保険福祉センターに返送した。

マサさんの入院費用の6月分と7月分をよしだ内科からの請求書に基づいて送金。領収書が届かないと入院保険の請求ができないかもしれないな、などと考える。
この件で確認できたのは、マサさんの銀行口座がまだ使えているということ。届けをしていないので当然だとも思うが、このあたりはわたし自身かなり手探りである。

そしてグッドライフから連絡が入る。
案の定と言ったらいけないのかもしれないが、グッドライフの利用費の引き落とし口座の変更届に押したあっちゃんの銀行印が、印鑑相違だった。改めて書類を用意してもらうことになった。

他の銀行でも同じことがあったので、あっちゃんが「これが銀行印」と出してきた印鑑は、ただの認印で、認印だと言っていたのが銀行印だったということが確定した。

まあわたしもその程度では今さら驚かないが。

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2026年1月29日木曜日

窓際族の逆襲。

僕、「窓際」なんですよ。比喩的な意味ではなくて、実際にオフィスの席が窓の横なのです。
比喩的な意味での窓際ではないのかと問われるとあながち否定もできない自分もいるわけですが、そこを深堀りするのは今日はカンベンしていただくとして。

席は窓に対して平行(って言うのか?)、つまり左90度の位置に窓があります。

とても大きい窓なものですから、西日が入ってモニターが見えにくかったりするデメリットもあるんですが、何より冬場、冷気がシャレにならないわけです。夕方になって気温が下がって、気がつけば左半身が冷たーーくなってる。特に左脚!!
さらにビルの構造的に席の上下からも冷気が挟み撃ちです(ちょっと説明しにくいので詳細は割愛)。

1年半前にこの席に異動してきて、去年の冬は寒い寒い言いながらガマンをしてきたわけですが、今年はハーフのスパッツをズボンの下に着てみたりいろいろ対策はしてきたものの、やはり「もうムリ!」

年齢とともに寒さには弱くなってきましたね。正直なところ。

なのでプライドをかなぐり捨てて(なんのプライドだかわからんが)、タイツを履こうと決めました。
タイツなんて「私をスキーに連れてって」時代以来よ。

第一候補はユニクロのヒートテック。でもなかなか特売日がやってこない。300円安い週末を待ち望んでいたのですが・・・。
他のメーカーの売り場を見てみると、3Lとかいうクソデカサイズは売ってるくせにSサイズ(ピッタリが好みなので)の扱いがなかったりするのです。

悩ましい。
が、背に腹は代えられん。定価でヒートテック、買いましたよ。そして・・・。

あったかいよぉぉぉぉ(感激)。
もっと早くになぜ買わなかったと自分を責めています。


窓際の男、今日からは「タイツマン」です。冷気め、かかってきやがれ。シュワッチ。


2026年1月28日水曜日

まもなく開幕、ミラノ・コルティナ。

もうすぐ冬のオリンピックが始まります。はっじまるよーーー!

実はこのブログでは特に冬のオリンピック前にはプレビュー記事を書いていました。
というのも、夏の競技に比べてWinter Gamesは一般的になじみがない競技が多い、知ってほしい、ということが大きかったかなと思います。何て言うの?使命感?みたいな。

でも今回のミラノ・コルティナ(個人的には「コルティナダンペッツォ」って言いたい)、これまで以上に日本選手団の活躍――まあマスコミ的に言うと金メダルの可能性ってやつですが――が期待されるので、メディアに取り上げられる機会が多いように感じてます。

となれば、僕がわざわざここに書かなくても、フツーに新聞やテレビやSNSを見てればそれなりに情報は入るはずで、シロートの解説はいらないかなと思うわけです。

もちろん、僕自身はこれまでと何ら変わらず、相当な熱量を持ってテレビの前に陣取る予定です。
あの選手もこの選手も結果だけではなく、積み上げてきたものを遺憾なく発揮してもらうことを、ただそれだけを祈り続けたいと思います。

・・・いや、結果も出してもらったらサイコーですけどね(笑)。


さあ、そろそろだぜ。行こうぜニッポン!!

Xでのハッシュタグは #MilanoCortina2026 と #TEAMJAPAN で。たぶん。


2026年1月27日火曜日

晴れ男への道、仮免中。

ちょっと前の話の時差投稿になりますが、2泊2日でマイホームゲレンデ、野沢温泉スキー場に行ってきました。

初日は「ん?霧雨?」な空模様。2日連続雨とか「さすが俺、嵐を呼ぶ男(涙)」みたいな気分でしたが、なんとかギリギリ持ちこたえたってところでしたかね。

気温が高い日が続いていて積雪量は少なく、バーンコンディションも融ける→固まるの繰り返しでけっこうハードでした。

でもシーズン頭に基礎練習をちゃんとやったので、技術面では絶好調!(あくまで個人の感想です)
条件の悪いところでもしっかりと板に意思が伝わってる、そんな感じ。すばらしい!(個人の感想です)

大変気分よく、ランチはおなじみの鴨鍋、アフターでは蒸留所でジンのテイスティングを楽しみ(写真、インスタに上げてます→こちら、もちろん地酒も満喫。気の置けない仲間との時間を堪能しました。

ナスキーと会えたよ!

2日目は濃霧注意報!「さすが俺(苦笑)」であります。
ゴンドラで山頂方面に向かうと、ちょうど雲の中なのかな。それでも滑走中にバーンは見えていたので、あまりに気にもせずにガンガン滑ってたわけですが・・・。

・・・かなりスピードに乗ったところで突然のホワイトアウト!!
止まろうにもどこに止まればいいかわかんないし、かといってどっちに進めばいいのかもわからない。うわっ木が!!
知ってるはずのゲレンデから、まるで未知の世界に迷い込んだかのようで。

こわいよーこわいよーこわいよー(えーん)

身の危険を感じ、山頂ゲレンデはギブアップ。仲間と分かれて山麓のほうへ移動しました。

ひとりでチマチマと練習を始めたら、なんと突然の快晴!!!
雪質もバッチリでヤバいくらいテンション上がっちゃいました(笑)。

そんなこともありましたので、「嵐を呼ぶ男」はそろそろ卒業なのではないかと(やや過信気味)でも仲間にもそう言ってくれた人もいるし。
当面「元・嵐を呼ぶ男(仮免)」と名乗ることにしたいと思います。うん。

動画からの切り抜きです

大寒波中の現地のみなさん、お気をつけて。また行きます。

*  *  *

こないだ投稿した緊急事態発生中の話はこのスキー行の帰路の話でありました。


2026年1月26日月曜日

ギリギリだったんだよ。

いい内容だったと思うんですよね。展開も悪くなかった。
たとえば1-3-1のゾーンディフェンスに相手は嫌がってたように見えたし、常にリードを保ちながらゲームを進められていた。
土居の活躍もあって、十分勝利に値すると思ってたのね。

立川 93-84 東京Z●

なんすか。4Qだけで3Pが5/6とか。お前はカリーかっての。
それまでの30分間が完全に「破壊」されてしまったわ。
リリース早いからスペンスでの機動力でも追いつかないし、外が当たってたらゾーンディフェンス使いにくいし。あの14番め。ぐぬぬぬ。


そんな感じで迎えたGame2なんですが。

立川 110-87 東京Z●

試合展開としては「競って最後に離される」という、Game1とそんなに変わらなかったと思うけど、実際には「ギリギリ」だったのかな。
Game1ほどではないにせよ、勝負の4Qでいきなり14番に3Pを決められたところでデジャブというか悪夢というか、そんなものがよぎったのかなと思う。少なくとも、僕は「うぁぁぁぁ、またかぁぁ」って思ったもの。

伝家の宝刀「1-3-1」の対策をされ(back--to-backの難しさよね)、笛にイラつくシーンも多く、FTが落ちて・・・・メンタル、フィジカル含めて、アスフレ側が付いていくのにギリギリ」だったという感じ。

でもね。

「守り合い」こそがアスフレの勝ち筋だと思ってたところに、ハイスコアの展開でも最後まで戦えたという、その事実は忘れずにいたい。いたいんだよ。なあ。
いやまあロースコアのほうがウチのゲームたと今も思うけども。けども。

まだまだあきらめんからね。


2026年1月23日金曜日

翳りゆくひと。[133]


[133]

怒涛の4日間を経て自宅に戻ったわたしを待っていたのは、言葉は悪いが山積みになった「事後処理」だ。とにかくやらなきゃならない。

最初に取り掛かったのは葬儀関係費用の清算。

当日はバタバタしていたこともあって、家族が立て替えてくれていた費用もある。
それを清算し、かかったすべての経費を領収書と照らし合わせつつデータとして残した。

別にデータ化なんて作業はやらなくてもいいことなのかもしれない。
だけどひとつひとつ、後で見てすぐにわかるようにしておきたいというのはわたし自身が決めたことでもあるし、この数年間いろいろと続けてきて「データがあって良かった」と思うシーンにも何度か遭遇している。この手間を惜しむ選択肢はなかった。

清算後、手元に残った現金は、あっちゃんのN銀行の口座に入金することにした。
ここから今後の老人ホームの費用が引き落とされるので、当座をしのぐ意味もある。

お金のことと言えば、香典返し。

ここでも浄土真宗のやり方は少しばかり他と違うようで、AIのサポートも受けつつ、特に急いで手配する必要もなさそうなので、とりあえず「こうしよう」という方針だけは決めた。

次は現地で保留にしてきた年金関係の手続き。改めて書類を確認した。

遺族年金、つまりマサさんがもらってた年金をあっちゃんが受け取ることができるようにする手続きに際して、マサさんの「住民票除票」がまずは必要だということがわかった。
住民票だからマサさんのマイナンバーカードで取れるかと一応コンビニに行ってみたが、ダメだった。まあ当然か。

それから保険金、相続もやらないと。

相続ってどうやるんだろう。
マサさんの持っていたゴルフ場の会員権も気になるな。

そうこう考えているだけで最初の週末か過ぎていった。

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2026年1月22日木曜日

あせった。あせかいた。

私のこのブログ「12×12」ですが、グ●グルさんの「Bl●gger」というサービスを利用させていただいております(少しへりくだった言い方なのは無料だからw)

で、そのサービスをグー●ルさんの「Chr●me」っつーブラウザ経由でアップロードしてるんですね。

でね、ある日唐突に『このサービスは使えないからさ、ブラウザを最新にアップデートしてね。でなきゃ別のブラウザからアクセスしてよ』ってメッセージが出て、新規投稿できなくなっちゃって。
次に未公開記事のプレビューが同じメッセージでできなくなって、ついには記事一覧の管理ページへのアクセスも。

もちろんChr●meは最新バージョンだし、『別のブラウザ試してね』のメッセージに従ってE●geやFiref●xも試したわけよ。当然NG。
●ーグル同士の組み合わせでダメなんだから、ほかのブラウザでできるわけもないよな。



正直焦ったよね。

インターネットの世界で、あるいはコンピュータの世界では“こういうこと”が起こることは当然理解もしている。ほかのことならここまで焦ることはなかったとは思うんだけど、「これで終わり?」と思っちゃったらもう頭ん中が冷静ではいられなかった。

結果から言えば翌日には通常モードに戻っていてなんの問題もなかったんだけどさ。
焦った焦った(汗)。


2026年1月21日水曜日

緊急事態だって?

日曜日夕方の関越道上り線。
いつものように渋滞が始まった。

嵐山小川ICを過ぎたあたりだっただろうか。左車線で動かない僕の右側を観光バスがゆっくりと追い越していく。派手にラッピングされたその車体をなんの気なしに見ていたそのとき、僕はあることに気づいた。

路線バスなど、後部の行き先表示のある部分に見たことのない文字が表示されていたのだ。

[緊急事態発生]

「え?」と一瞬頭の中がフリーズするような感じもあったが、すぐに「これはテレビで見たやつだ」「SOSだ」と思い直し、車線を変更してバスの真後ろに位置取った。
念のため助手席にいた友人に確認する。「緊急事態って表示されてるよね」と。

撮影は助手席の友人。後部の広告は念のためモザイク処理しました。

あまり現実のこととは思えないが、最悪のことも可能性としてはある。相談して110番通報することにした。掛けたのは助手席の友人である。念のため。

『関越道の上り線で。はい。観光バスの後ろに[緊急事態発生]と出ています。はい、ええそうです。ナンバーは・・・・。はい、大丈夫です。よろしくお願いします』

高速隊に連絡して対応してくれるという。

渋滞をゆるゆると進みながら改めてバスを見てみると、車体の後部の変な位置で青いLEDが点滅していた。通常ライトのある位置ではないので、あれも連動しているサインだろう。

バスの挙動というか、走行そのものには違和感はない。

「バスジャックとかで出る表示だってテレビで見たよ」
「運転手さんの体調が悪いとか」「それなら路肩に寄せるとかするでしょ」
「お客さんに急病人」「パーキングエリアとかバス停とかに停めて救急車呼ぶよ」
「今後ろからパトカーのサイレン聞こえなかった?」「いや、聞こえてない。でもさ、もしバスジャックでサイレン鳴らしたらまずくない?」
「乗客同士のケンカとか」「ああ、それなら運転手は微妙に対応できないかも」

バスの後ろを走る僕の車の中は、心配する気持ちと、申し訳ないがちょっとした興奮状態にもあった。「あのバスを追ってください!」的な。

「運転手さんが誤ってスイッチ押したってのが一番ありそうだけどね」

「パトカーはどこから来るんだろう」「追っかけてきて追いつかないパターンも困るし、この先の東松山インターから入ってくるのが一番ありそうだよね」

そう言ってたら、東松山ICの出口と入口の間、茂みの間に人影が見えた。

「あ、あれ!おまわりさん!」

バスのほうを確認した警察官は入路に停めてあったパトカーに駆け込み、サイレンとともに発進させた。動画もあるけどアップしないでおくね。

『バスの運転手さん、路肩に寄せて停めてください』(実際には聞こえなかったんだけど)

バスは素直に左に寄せて停車した。
僕はその横をゆっくりと通り過ぎていく。

「ちゃんと停めたってことはバスジャックじゃないよね」
「乗ってた人も驚いたみたいな感じだった」

下り車線を数台のパトカーが東松山IC方向にサイレンを鳴らしながら走っていく――。

・・
・・・

――これが僕たちが目撃したすべて。

追加の情報が必要なら折り返しますと言っていた警察からの連絡なんてもちろんないし、ニュースになるようなこともなかった。
ただ、仲間内にこの話をしたら、「よく気づいた」「ちゃんと通報したのは良かった」と褒めてもらえた。それだけで十分。

それにしても何だったんだろねと、翌日Xを検索してたらひとつのポストが引っかかった(→リンク:ちなみにこのポストの静止画のほう、バスの真後ろに写ってる黄色いのが僕の車のクロちゃん)。

うん、やっぱり何事もなかったんだよ。よかったよかった。

・・・あ、おかげで?渋滞中のストレスもゼロだったよ(^^;


2026年1月20日火曜日

喉元過ぎれば。

突然のご報告で恐縮ですが、声が出なくなりました(涙)。

僕は『あなたの風邪は喉から?』なタイプなので、おそらく風邪だとは思うのですが、今回はなぜか喉以外に何も症状がなくて。

喉に少しばかり違和感があるな(=風邪ひきの兆候)と思った翌朝には、「・・こ・え・・がでま・・・ん」みたいな状態になってました。カッスカスです。いや、カッスカスならまだしも、まるで音が出ない。

これまでも声がかすれた経験はあったのですが、こうも予兆から声枯れまでが直結してたのは初めてかもしれません。
そしてここまで長引いているのも初めてかもしれません。

カッスカスになってから3日間、ほどんど会話ができず、4日目の朝、行きつけの耳鼻咽喉科で「奥のほうがに炎症がありますね」という「知ってる」みたいな診断を受けました。
「3日間ぐらいはできるだけしゃべらないで」とドクター。在宅勤務じゃないからそれなりに言葉を使うケースはあって、電話とかマジで困るのよね。

もらった薬が効き始めて少しずつ「音」が出始めてる気もしないでもないですが、この段階ではまだまだコミュニケーションには難儀しちゃってるでありまする。
うがいをしてもちゃんとガラガラって鳴ってくれないし。カラカラ。




とそんなときに思い出したのが手話のこと。というか、ろう者のこと。

デフリンピックを体験し、たとえ音声の会話ができなくても、きちんとコミュニケーションが取れる人々のことを見てきて、たとえば英語が話せれば、みたいなことと同じように手話が使えれば、なんてことを思ったりもする。
僕が使える手話は「ありがとう」しかないし。サンキューしか言えないのと同じレベルだからなぁ。まあ仮に使えたとして、会話相手が手話を使えないとどうしようもないんだけどさ。

さらには音声のコミュニケーションに慣れきってしまっている自分から、音が奪われたときの不自由さ。


「レジ袋は要りません」「日替わり定食でお願いします」「麺固めで」「おかわりください」「お会計で」

メシ食べるだけでこんなに苦労するとは思わなかった。タッチパネルで注文できる店はどこにあったっけ。

でも「喉元過ぎれば」じゃないけど、喉が治ればそんな思いも忘れちゃうかもなぁ。

・・
・・・

その後。

ドクターの言いつけを守り通院から3日間は可能なかぎり声を出そうとせず、4日間はちゃんと薬を飲み(トータル7日目)、そしてその午後からは少しずつ音がちゃんと出るようになり(70パーセント回復)、5日目(丸1週間後)にはほぼ会話に問題がなくなりました(90パーセント回復は8日目)。

的確な見立てをしたお医者さん、すごい。

・・・僕は元気です。


2026年1月19日月曜日

息子が家を出た。

息子2号が家を出ました。と言っても別に家出をしたわけではありません(^^;

以前から「就職したらひとり暮らしをする」と言ってた彼が、その言葉どおりに、バイトで貯めた資金で部屋を借りて住み始めた、というだけの話です。
就職するのはこの4月だから、ちょっと早くね?みたいには思いますが、すでに単位も取り終え卒論も提出して実質的に大学は卒業済みということなんでしょう――でも新居は大学行くにも便利のいい立地だったりもするわけですが。

今回の家出(笑)にあたっては、親である僕には特に何の相談もありませんでした。
知らない間にウチのクルマで勝手にどんどん荷物運んでたし。

2014年当時(懐)

少しばかり寂しい気もしますが、僕と彼との距離感っていつもそんな感じ。
2~3日顔を見ないなと思ったら知らないうちにひとりで旅行に行ってたりするしね(ちなみに僕以外の家族はみんな旅行中だって知ってる)

それこそ就職活動に際して何か相談されるようなこともなかったし、内定をいただいたことも特に報告もない。というか就職先だって僕は妻から聞いたんだったよ(汗)。

まあ自分で考えて即断即決、僕が思ってるよりもどんどん先に進んで行っちゃうタイプだから気にもしてないし、ぜんぜんそれでいい、むしろ頼もしく思ってるわけです。

とはいえその距離感が遠いとは思ってなくて、他愛もない会話もあるし、僕が酒飲んでたら横でBGM代わりにギター弾いてくれるし、いい塩梅だと思っています。
そもそも僕自身が「男親と息子の距離は近すぎる必要はなかろう」という考え方だから。

だから今回のひとり立ちは素直に祝おうと思います。おめでとう。

・・・就職祝いはもう少し待て。

子育ての完全卒業まではあと2ヶ月半。


2026年1月16日金曜日

翳りゆくひと。[132]


[132]

15分ほど待たされて、マスクをしたあっちゃんがスタッフさんに伴われてロビーフロアまで降りてきた。
わたしの顔を見て、珍しくほっとしたような表情を浮かべたように見えたのは気のせいだろうか。

「体調は大丈夫?」
「大丈夫。みんなはどうしたの?」
「昨日のうちに飛行機で帰ったよ。それぞれやることもあるから」
「そうなのね」
「僕も今日帰るから。とにかくいろいろ大変かもしれないけど、体だけは気をつけて」

どうにもほかに言うことが見つからない。

「息子さんに心配されて、もうお幸せですねぇ。元気でいないとね」

イトウさんが合いの手を入れてくれた。

「それでみんなは今日はどうしたの?」

あっちゃんの口からは数秒前に話したことが繰り返された。イトウさんとわたしは軽く目配せをした。いつもこんな感じなんです、と。

「昨日のうちに飛行機で帰ったよ。それぞれ忙しいからね」
「そうなのね」

なんとも切ない会話になってしまったが、施設の方の前であっちゃんと家族の会話を聞いてもらったというのは、現状把握という面でも意味はあったのだと自分に言い聞かせた。

さて、無理を言って作ってもらった面会時間だ。長時間になってはならない。

「ごめん、僕も時間がないから。また来るからね。イトウさん、母のこと、よろしくお願いします」

後ろ髪を引かれるような気持ちももちろんあったが、施設で暮らしている以上、家族にべったりになるのは良くないとも思う。
わたしは努めて明るく手を振りながら、グッドライフを後にした。

雨はすっかり上がっていた。

返却してもらった保険証類を持ってわたしは再び区役所の窓口に向かった。
事前に手続きについて確認をしていたのですべてがスムーズに進むと思っていたのだが。

「保険料を多くいただいている場合、ご遺族に返還されることになります。そのお手続きが必要になりますので、9番の窓口に行ってください」

その9番窓口が混雑していた。ただ戻ってくるお金の話だから、おとなしく待つ。20分ほど待っただろうか。ようやくわたしの番号が呼ばれ、言われるがまま書類に記入をしていく。

「それで亡くなった方と親子関係があることを証明できる書類はありますか」

いや、そんなものを持っているはずがない。

「マイナンバーカードお持ちですよね。この建物の1階の端末で息子さんの戸籍謄本が取れますので、それを取得してください。そこに記載がありますので」
「わかりました。それでこの窓口に戻ればいいんですか」
「そうですね、戻られたら番号札を引いてお待ちください」

また待つのか。そろそろ帰りの時間が心配になってきた。区役所の窓口が閉まる時間になってしまったらどうなるんだろうと。
幸いそこまでには至らなかったのだが。

次に回った福祉・介護保険課で障害者手帳を返却した際、「この手帳に貼られている写真、切り取ってお持ち帰りいただくことができるんですがどうされますか」と問われた。
ぜんぜん必要ではないので「いえ」と答えそうになったのだが、マサさんの写真って実はあまり持っていないし、小さな証明写真ひとつ、保管に困るような話でももちろんない。

「ぜひいただきたいです」

そうだね、今日は2センチ四方のマサさんと一緒に帰ることにしよう。

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2026年1月15日木曜日

【ら~めん】威風@五反田

「寒い寒い」

コートの襟を立てて歩く、その眼前に味噌らーめんの文字が現れたらもはや考える余地もない。「威風 五反田店」の扉を開けた。

この絵、パースめちゃくちゃおかしい

入口券売機で一番温まりそうな「濃厚味噌らーめん」(850円也)をポチっと。
Fの字みたいなちょい不思議な形のカウンターの一番奥に通された。

厨房側は背中側になるので見えないが店内をきょろきょろしながら待つ。
チェーン店なんだろうな、この感じ。

「濃厚味噌でぇす」

うん。ビジュアルはイメージどおり。ではいただきます。
写真はインスタに上げました→こちらの2枚目

おお。
これ、嫌いじゃない。

ドライブインで出てきそうな、と言ったら失礼極まりないかもだけど、いい意味でわかりやすくそして万人に好かれそうな味噌味。褒めてるんだからね。
お約束の、やや黄色みがかった縮れ麺とトッピングのもやし。

味もイメージどおり。間違いない。おいしい。

この寒い日にありがたかったです。ごちそうさまでした。

JR五反田駅東口から(旧)ソニー通りを品川方向100メートルほどの右側。東急五反田駅なら1Fを出て右。


2026年1月14日水曜日

白亜の豪邸。

近所でほぼ同時期に2軒のマンション建設が進んでいる。
そんなにデカいマンション建てまくって需要はあるんか?みたいな話はいったん置いておく。

当初はフェンスで囲われて建物の様子はうかがえなかったんだけど、やがて外壁がある程度完成して囲いがなくなった。

先に囲いが外されたやや小さいほうのマンションは、なんというかシンプル?今風?で、町の中で違和感を感じるようなことはなかった。
が、もうひとつの大きいほうのマンションの姿を見て驚いた。

「うわっ、何」

何が、どこが、とは書かないけれど、正直「センスねぇ」と。

極端に言えば、たとえ他の条件がすべて完璧でもこの外観の家には住みたくならない。

センスなんてあくまで個人の感想だということは重々承知しているけれど、あれはナシだろうと思った。
もちろん、このデザインで進めている施主やデザイナーがそこにいるわけで、その人たちを否定するつもりは毛頭ないのだが、俺とは違う、って感じだった。つまりセンスは人それぞれ

と、そんなことをつらつら考えてて、結局のところ信じるもの・大切なものは「自分」だし、「自分の感性」だということ、そしてそういうよりどころは持ち続けていたいという結論にたどり着いた。
そこは不可侵ということでひとつよろしく。


町の噂ではあのマンションの1階はコンビニになるらしい。デザインの調和とか絶対無理と“私は”思うのでした。


2026年1月12日月曜日

正のスパイラル。


唐突に井手が蒲田に戻ってきた。驚き半分、喜び半分。
さらに驚いたのは復帰即スターターだったこと。ケントさんの井手に対する信頼度がわかろうというものだ。

新潟 85-63 東京Z●

そのGame1はいろいろあって1Qの半分ぐらいしか見ることができなかったんだけど、PnRからセンターのレーンを使うのが本当に上手。そこを使いたいジェレミーやマリクとの相性はもちろん、キックアウトからの展開もあるのでスムーズというかリズムが出るというか。

ただそれが結果には残念ながらつながらなかった。
けれど試合後にボックススコアだけを見てみると、シュートのアテンプトは上回ったし、ターンオーバーは少なかったし、点差ほどの差はないのではないかと。

これならアウェイで1つ取ってこれるぞ!


という期待感マシマシで迎えたGame2。

新潟 79-102 東京Z〇

ほらね(喜)。100点ゲーム!!

うまく中央からペイントタッチできればもちろん得点の可能性は上がり、相手のファウルも増える。相手が焦ればそれがいい守備にもつながり、そこからのファストブレイクと・・・・これぞ「正のスパイラル」。
スリーの確率高杉君だったのはラッキーとしか言いようがないけどさ(笑)。ジェレミーどうなってんねん(笑)。

上位相手にアウェイでこの内容で勝利できたのは大きい。
増子が加入したときにも同じ言葉を書いたけどもっかい書く。今度こそ『さあ反攻だ!』


2026年1月9日金曜日

翳りゆくひと。[131]


[131]

さてそろそろアポの時間だ。雨は小康状態。わたしはグッドライフ中央公園に向かって歩いていた。まもなく到着というとき、そのグッドライフからの着信がある。

『実はお母様のいらっしゃるフロアで、今日コロナの陽性者が出てしまいまして、フロアが閉鎖になってしまいました』
「そうですか。ただ今日はイトウさんとの打ち合わせもありますので、予定どおりお伺いします。もうまもなく到着しますので」

出鼻をくじかれたような感じだが、まあ打ち合わせが目的なので問題はない。

施設管理者のイトウさんとは、改めてマサさんの部屋の扱いについて確認した。
未払いの7月分の利用費は、デポジットで納めていた費用から相殺してもらい、残金が出た場合は保証人であるわたしに戻されることになる。

またこれに伴って、今後のあっちゃんの利用費の支払いをあっちゃん名義の口座からの引き落としに変更すべく、書類に記入をした。

「銀行印、本人がこれだというので一応押しますけれど、実は他の金融機関で別のはんこだったということがありまして」
「その場合は改めて銀行に提出する書類を用意してお送りしますので再度押印してください」
「すいません、お手間を取らせることになります」

あっちゃんの記憶だからなぁ。書類の作り直しの可能性は高いような気がする。

「それでこちらがご返却する書類ですね」

予定どおり、後期高齢者医療保険証、介護保険証、介護保険負担割合証、障害者手帳、加えてペースメーカー手帳も。

こちらからは年金事務所でもらってきた書類の中の「生計同一関係に関する申立書」への署名をお願いした。老人ホーム内での居室が別になっていたために別世帯扱いになってしまっていることで必要になった書類だ。

「実は先ほど区役所に行ってきて、火葬証明書が必要だと言われまして」

そう言ったところではたと気づく。書類の入った骨箱が置かれているあっちゃんの部屋はフロア隔離じゃないか。

「わかりました。職員をリレーさせるようにしてその書類を取ってくるようにします。ちょっとお待ちくださいね」
「すいませんご無理を申し上げて」

10分ほど待っただろうか、イトウさんが戻ってきた。

「お待たせしました、こちらですね」
「お手間を取らせました。それではこれから区役所に行きますので失礼いたします」
「実はお母様なんですが、どうしても息子様と会いたいということで、スタッフと協議しまして、抗原検査をした後に1階フロアまで降りてもらうことにしました」
「わかりました、待ってます」

そうまで言われて断るわけにもいかない。

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2026年1月8日木曜日

水のルージュ。

最近、自宅の近くにビニール、つまりアナログレコードを聴くことのできるカフェができた。
店内にあるものはもちろん、持ち込んだものをかけてもらえたりもする。

かの日々にレンタルレコード店で借りたような昔懐かしい曲をしっとりと聴き入ったり、店の人や他のお客さんと音楽談義を交わしたり。

いいわよ。いや、マジでね。


で先日、マイ・コレクションのレアモノの12インチ、小泉今日子「水のルージュ Dancing Mix」を持ち込んで聴かせてもらいました。

いいわよ。いや、マジでね。

我が家にはすでにレコードプレーヤーはなく、この12インチを録音したカセットテープもすでに捨ててしまってて、ただの寝室のインテリアになってたこのレコード、もはや二度と聴くことがないだろうと思っていたこのレコードが!!!
キョンキョンのラップが入ってる「水のルージュ」はこのバージョンだけ。

いいわよ。いや、マジで。

でも、もう手元にある12インチはこの「水のルージュ」だけなのよね。
ちょうど10年前にレコードは全部手放してしてまってて(そのときの話はコチラ、しかもその当時は流行してなかったしね、レコード。タダみたいな値段で手放しちゃって。
この「水のルージュ」だけは手放せなかったのです。

もしもあのとき、ビニールのブーム再燃という未来が見えていたら。
そんなことを思わずにはいられないのだけど。

2016年に手放したレコード再掲


2026年1月7日水曜日

社会的無関係の夜。

お誘いをいただき、新年会とやらに参加させてもらった。

メンバーは大人になってから知り合った、それこそ利害関係がまったくない人たちだ。

この「利害関係がない」というのがポイントで。
利害関係とまでは言わないけど、社会的に「何らかの関係」のある人としかほとんど知り合うことがないのが社会人だったりするわけで。
お金が動く関係性だと間違いなく上下は存在するし、たとえば先輩後輩とかもひとつの関係性だしね。

だから楽しいのよ。真に気をつかわないってのはこういうことかと。

逆に、僕に対して同じように思ってくれたからこそ、お誘いいただいたのだと考えると、これはとっても幸せなことだと思うのね。

以上、二日酔いの言い訳である。


そして今現在予定しているだけで、あと新年会は4回。

お誘いいただいてありがとう。
もちろん「なんらかの関係のある皆様」との会ですけど、それも嫌いじゃないし、しっかりと楽しんできたいと思っている。

ただ、楽しみすぎてヘンに暴れないよう気をつけましょうね>俺


2026年1月5日月曜日

年始早々。

仕事始めは、実質的に年末と月末と月初が同時に降りかかってくる。
自分のキャパに対する限界チャレンジデーでもある。

毎年のことだががんばれ俺。



2026年1月2日金曜日

自宅トレーニング[シーズン3]#39

 2025年は加圧トレの回数が増えて(負荷は増えてるかどうかわからんが)、ただそれが結果とか形につながってるかというと、正直よくわからない。
肩周辺が少しだけしっかりしたような気はするけども。

ただ続けてきたことで「欲」とでも言うのかな、もう少しこうなりたいみたいな気持ちが出てきて、それはトレーニングへ向かうモチベーションになってるかな、などと思います。


2026年も続けていきましょう。がんばりすぎない程度に(^^;

【2025年12月度】
加圧トレーニング:3回[自宅トレ通算279回]
寝起き素振り:21回
月間さんぽ歩数:約36万歩

計測
前月比:  体重-0.5kg 体脂肪率-0.8pts
前年同月比: 体重±0.0kg 体脂肪率-0.3pts
2013年7月比:体重-7.7kg 体脂肪率+3.7pts

血液検査[29回目]
前回比:+0.2pts(目標まで-0.3pts)
2022年5月比:-3.3pts

先月のトレーニング→コチラ


2026年1月1日木曜日

新年になりましたが。

喪中につき新年のご挨拶をご遠慮申し上げます。


弊ブログを熱心にお読みいただいているごくごく少数の方はご存じのことかと思いますが、2025年夏、「マサさん」という名で弊ブログに登場している父が亡くなりました
自分の中ではそれなりに大きな出来事ではありましたが、それが今とこれからの日々の暮らしに何か及ぼすことがあるかと言えば、そうでもないかなぁというのが正直な実感です。

なので今年もこれまでと同じようにやっていきます。
変わらないことこそが、旅立った父も喜んでくれることなのではないかと信じて。

というわけでごくごく少数の愛読者の皆様、本年も弊ブログをどうぞよろしくお願いいたしますね。

144factoryの中の人ことkaz144