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15分ほど待たされて、マスクをしたあっちゃんがスタッフさんに伴われてロビーフロアまで降りてきた。
わたしの顔を見て、珍しくほっとしたような表情を浮かべたように見えたのは気のせいだろうか。
「体調は大丈夫?」
「大丈夫。みんなはどうしたの?」
「昨日のうちに飛行機で帰ったよ。それぞれやることもあるから」
「そうなのね」
「僕も今日帰るから。とにかくいろいろ大変かもしれないけど、体だけは気をつけて」
どうにもほかに言うことが見つからない。
「息子さんに心配されて、もうお幸せですねぇ。元気でいないとね」
イトウさんが合いの手を入れてくれた。
「それでみんなは今日はどうしたの?」
あっちゃんの口からは数秒前に話したことが繰り返された。イトウさんとわたしは軽く目配せをした。いつもこんな感じなんです、と。
「昨日のうちに飛行機で帰ったよ。それぞれ忙しいからね」
「そうなのね」
なんとも切ない会話になってしまったが、施設の方の前であっちゃんと家族の会話を聞いてもらったというのは、現状把握という面でも意味はあったのだと自分に言い聞かせた。
さて、無理を言って作ってもらった面会時間だ。長時間になってはならない。
「ごめん、僕も時間がないから。また来るからね。イトウさん、母のこと、よろしくお願いします」
後ろ髪を引かれるような気持ちももちろんあったが、施設で暮らしている以上、家族にべったりになるのは良くないとも思う。
わたしは努めて明るく手を振りながら、グッドライフを後にした。
雨はすっかり上がっていた。
返却してもらった保険証類を持ってわたしは再び区役所の窓口に向かった。
事前に手続きについて確認をしていたのですべてがスムーズに進むと思っていたのだが。
「保険料を多くいただいている場合、ご遺族に返還されることになります。そのお手続きが必要になりますので、9番の窓口に行ってください」
その9番窓口が混雑していた。ただ戻ってくるお金の話だから、おとなしく待つ。20分ほど待っただろうか。ようやくわたしの番号が呼ばれ、言われるがまま書類に記入をしていく。
「それで亡くなった方と親子関係があることを証明できる書類はありますか」
いや、そんなものを持っているはずがない。
「マイナンバーカードお持ちですよね。この建物の1階の端末で息子さんの戸籍謄本が取れますので、それを取得してください。そこに記載がありますので」
「わかりました。それでこの窓口に戻ればいいんですか」
「そうですね、戻られたら番号札を引いてお待ちください」
また待つのか。そろそろ帰りの時間が心配になってきた。区役所の窓口が閉まる時間になってしまったらどうなるんだろうと。
幸いそこまでには至らなかったのだが。
次に回った福祉・介護保険課で障害者手帳を返却した際、「この手帳に貼られている写真、切り取ってお持ち帰りいただくことができるんですがどうされますか」と問われた。
ぜんぜん必要ではないので「いえ」と答えそうになったのだが、マサさんの写真って実はあまり持っていないし、小さな証明写真ひとつ、保管に困るような話でももちろんない。
「ぜひいただきたいです」
そうだね、今日は2センチ四方のマサさんと一緒に帰ることにしよう。
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