2025年10月3日金曜日

翳りゆくひと。[117]


[117]

2025年6月3日、ミスタープロ野球、長嶋茂雄氏の訃報が流れる。そのとき思い出したのは、当然のように巨人ファンそして長嶋ファンでもあったマサさんのことであり、マサさんとのキャッチボールだった。たぶん最初は幼稚園のときだったと思う。場所は団地の脇の空き地だったか。

幼いわたしにとって、大きな体から放たれる剛速球は驚きと同時に憧れでもあった。
そしてわたしとスポーツをつないでくれた、あの時間こそがマサさんからの贈り物だった。

でもあの大きかったはずの体は、いつの間にか大きいと感じることもなくなり、いまややせ細って病院のベッドに横たわっている。しかもマサさんのほうが長嶋さんよりも年上で。

と、そこまで考えて、わたしは頭を振った。浮かんでくるバッドイメージを追い払うように。

病院を見舞ってから2ヶ月。その後、マサさんの状態が良くなったとか悪くなったとか、そういう話はまったくなかった。

そんな中、5月分の入院費の請求書が届く。

「あれ、また金額が大きくなってる」

先月金額が落ち着いてひと安心したばかりなのに。
明細を前月分と比較しながら1行1行確認していく。なるほど、これは電話してみる必要がありそうだ。

「お送りいただいた請求書についてお伺いしたいのですが、5月2日にまた個室に移っているという記載なのですが、それは間違いありませんか」
『ナースセンターに確認します』

事実ならば請求金額には妥当性はある。が、普通に考えてわたしが知らずに差額ベッドへ移るということはないはずだ。

『お待たせしました。5月2日に移られているのは間違いないそうです』
「そうですか。念のための確認なのですが、それは父の病状の関係でということなのでしょうか。お支払いをしないと言っているわけではないのですが、わたしがまったくそのことを知りませんでしたので」
『それではナースセンターにお電話を回しますので、少々お待ちください』

そして電話保留のまま5分ほど待たされた。さすがに途中で電話を切ってしまいたくもなったが、マサさんのことなんだから「ちゃんと解決しよう。口調がきつくならないように」と自分に言い聞かせながら待った。

おそらくは保留のまま、先方は対応について協議していたのだろう。
結論としては、マサさんの病状が悪化して個室に移ったというようなことではなく、他の患者さんとの兼ね合いで移ることになったと。ついては差額分の費用は請求しない、請求書は再発行する、次月分以降も同様に対応する、ということで言質が取れた。

「ありがとうございます。ところで昨今の父の状態、どんな具合でしょうか」
『そうですね、一進一退と言いますか、現在も誤嚥を繰り返していまして、常に吸引が必要だという状況は続いています。その影響もあって、今は熱も少し出ています』
「承知しました。引き続きよろしくお願いいたします」

時を同じくして届いた今年度の年金額の確定通知のデータをクラウドに入力しながら、わたしは思っていた。

入院からかれこれ5ヶ月になる。もう回復というのは望めないことなのだろうか。この年金の通知には2026年の予定額なんて項目もあるけれど、その未来はやってくるのだろうか、と。

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