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週明けの月曜、マサさんの退院・看取りについて明後日の16日に病院側と打ち合わせをするとグッドライフのマツイさんから連絡がある。
病院よりも自分の部屋に戻れたほうがマサさんにとって幸せなのではないだろうか。そこがまだまだ住み慣れない場所であったにしても。
それもこちらのエゴでしかないのだけれど。
『病院の方の話では、何があってもおかしくはないけれど、今は呼吸が浅くなっているなどの状態ではないそうです』
先週末の状態よりも少しいいのかな。そう思った矢先だった。
2025年7月15日火曜日、午前10時。
マナーモードを解除していたわたしのスマートフォンが大きな着信音を立てる。
『お父様ですが、先ほどから呼吸も浅く、血圧も下がっている状態です』
「それはつまり、その、いわゆる危篤ということでしょうか」
『はい、そのとおりです』
「わかりました。母のいる施設のほうに連絡し、できるだけ早く母を行かせたいと思います。わたし自身も何時になるかわかりませんがすぐに向かうようにします」
仕事は基本的には前の週のうちにすべて段取りしておいたから急に休んでも問題ないはずだ。念のため仕事用のPCをバッグに放り込んでオフィスから早退した。
オフィスを出たところでグッドライフに連絡、すぐにあっちゃんをよしだ内科まで送ってもらうよう依頼をし、家族のグループチャットにも状況を流した。
「厳しいかもしれない。これから帰って荷物持ってすぐに出発するから」
週末に準備しておいた荷物を持ち、空港に向かう。この時間ならタクシーより電車のほうが到着時刻が読める。
移動中にスマホから飛行機の予約を入れる。出発15分前に保安検査場を抜けられるかどうかギリギリだが、次の便を選ぶという選択は、ない。
空港の中を小走りに進む。幸か不幸か当該便は5分のディレイ。無事搭乗することができた。
いつもなら「着いたらあれをしてこれをして」と考える機内なのだが、今日ばかりは頭の中に靄がかかっているかのようで、わたしは何も考えられずにただ前の席の背もたれを見つめていた。
定刻より10分遅れで着陸。機内にアナウンスが流れる。
『これよりすべての電子機器をお使いになれます』
わたしはすぐに機内モードを解除した。特に着信履歴もなくひとつ息を吐く。
が、到着ゲートを抜けたまさにその瞬間、よしだ内科からの連絡が入る。
「はい、今ちょうど空港に到着したところです」
『今呼吸のほうが止まられました。先生が往診中なので確認はまだなのですが』
「承知しました。すぐにタクシーで向かいます」
タクシーの運転手さんに目的地を告げると、今度はグッドライフからの電話だ。
『お母様の付き添いのスタッフからの連絡で、お父様の状態が』
「はい。今よしだ内科の方からも連絡をいただきました。空港からタクシーで向かっているところです』
『承知いたしました。息子様から病院に到着されたら、うちのスタッフはいったん引き上げさせたいと思いますのでよろしくお願いします』
「わかりました。送迎ありがとうございました」
そんなやり取りを聞いていたであろうタクシーの運転手さんが心持ちアクセルを強く踏んだように感じたのは気のせいだろうか。
流れる車窓の景色を見るでもなく眺めながら、「早く早く」という気持ちと「もう急いでもしかたない」という気持ちがわたしはの中で順番に浮かんでは消えていた。
遠く離れて暮らすようになって、特にマサさんとあっちゃんが老いたなと実感するに至り、「死に目には会えない」ことはどこかで覚悟していたからかもしれない。
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