[122]
「お体、きれいにしますのでしばらく待合室のほうでお待ちいただけますか」
病室と同じフロアの待合室で、テーブルをはさんであっちゃんと向かい合って座る。
何を話したんだろう。「苦しまなくてよかったね」「もう歳も歳だったしね」「しかたないよね」そんな話を繰り返しただけだったような気がする。正直ほとんど記憶に残っていない。
わたし自身、いろいろと考えていたような気もするのだが、実際にはあまり頭が回っていなかったんだろうと思う。
途中、最後に着せるマサさんのパジャマをふたりで選んだ。いくつかの選択肢の中から指さしたのはふたりとも同じものだった。
「これがいいわね」「いちばんマサさんっぽい感じ」
しっかりと覚えてはいないのだが、最初に老健に入ったときに自宅から持ち込んだものだったように思う。薄い茶色のチェック柄。マサさんのイメージだ。
「そうだ、今のうちにりつさんに連絡しといたほうがいいね」
わたしが促すと、あっちゃんは実の妹であるりつさんに電話をかけた。話している内容はあまり正確ではないのだが、マサさんが亡くなったことだけ伝えれば今のところは十分。後からわたしが細かい情報は伝えればいい。
わたしはマサさんの弟であるヤスおじさんに。留守番電話に用件だけ残した。
「この椅子、腰が痛いわ」
突然あっちゃんが言い出す。
ずっと座りっぱなしだし、単純に疲れたんだろう。もしかしたら心の中が体に痛みとして出てきたということもあるのかもしれない。
「たいへんお待たせをいたしました。お部屋のほうに」
ちょうどそのとき看護師さんから声がかかった。
病室に戻ると、きれいなパジャマに着替えたマサさんが、そこに、いた。
髪は整えられ、伸び始めていた髭も剃ってあり、顔にはごくごく薄く、美しく化粧が施されている。血色がいいと言ってしまいそうになるほどに。
ただでさえ寝ているようだったマサさんが、本当に起きてきそうな顔色になっていた。
でも、体は固まったままで、そして冷たい。
「マサさん、きれいにしてもらってよかったね」
「そうね、お化粧もしてくれたのかしら」
そう言うと、あっちゃんはまたマサさんの傍らのスツールに座り込んだ。背中が丸い。
わたしはそっと病室を抜けると、病院から紹介してもらった葬儀社に電話を入れ、状況を説明した。マサさんのお迎えは17時半に来てくれることになった。
同じ時間にあっちゃんを迎えに来てもらうようグッドライフにもお願いした。今日はあっちゃんには戻ってもらうよりほかはない。
看護師さんからは死亡診断書が渡された。
「こちらは葬儀社の方に渡していただくことになります」
「わかりました」
故人を見送るとき、家族は悲しんでいる暇がないほど忙しい、などという話をよく聞く。
わたしもそういう立場になった。ひとりでやるんだから、しっかりやろう。
0 件のコメント:
コメントを投稿