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家族を乗せた飛行機は結局40分以上ものディレイでの到着となった。
その待ち時間を利用して、この数日でやらなければならないことを改めてチェックし、ついでに仕事のほうも少しばかり進めることもできた。
「タクシーでいったん施設に行って、あっちゃんを拾って斎場に向かうから」
タクシーがグッドライフに到着すると、ちょうどスタッフさんに連れられたあっちゃんが1Fフロアに降りてきたところだった。
「それでは行ってきます」
スタッフさんに挨拶をした後、配車アプリを通じて追加で呼んだタクシーにあっちゃんと妻を乗せた。あっちゃんと妻を同乗させたのは道すがら、喪服のことなど、女性同士で話をしてもらうためだ。
わたしは息子たちと空港から乗ってきたタクシーに戻り、2台で斎場に向かう。
道路の渋滞もあって想定よりも時間がかかったが、斎場に家族全員が到着した。
「あら、顔はきれいにしてもらってるのね」
棺を覗き込んだあっちゃんがそう言う。昨日と同じだよ。口には出さなかったが。
むしろちょっと髭が伸びてしまったかも。違うとすれば、半開きになってた口が、ドライアイスを入れる段階で葬儀屋さんの手によって閉じられたことぐらいかな。
「そうだね、病院で化粧してもらったからね」
「そうなのね」
あっちゃんが祭壇に置かれた棺の前に立ち尽くしている間も通夜の準備は着々と進められていく。
通夜の後の夕食――正式名称は何というのだったか――の手配は息子たちが動いてくれた。頼りになる。
「お母さん、そろそろ着替えましょうか」
妻の声に促されて、控室であっちゃんが黒の衣装に着替えた。ちゃんとした喪服というわけではないが、喪主として十分体裁は整っているように思う。
やがてマサさんの弟であるヤスおじさん夫妻が到着した。
「お忙しいところわざわざありがとうございます」
「大変だったね」
「いえいえ。どうぞ、顔を見てやってください」
お坊さんがやってくるまでの間、ヤスおじさんには経緯なんかを大まかに話をした。インフルエンザに始まったこと、肺炎になったこと、最終的には心臓が動かなくなったこと。
大往生といっていい最期だったこと、少しも苦しまなかったこと。
加えてあっちゃんの今の状態のことも。
そうこうしているうちにお坊さんが到着した。わたしが家族を代表して挨拶に控室に向かった。
挨拶に加えて、マサさんの人となりを簡単に説明をした。これが戒名――浄土真宗だから法名だが――を決めるための情報になるという。
「家族としては大往生だったと思っています」
少しばかりの会話の後、わたしは最後にそう言葉を添えて控室を辞した。
席に戻り、何をするでもなく祭壇のほうに目をやっていると、準備してもらっていた遺影が運ばれてきた。法名が記された位牌とともに。
遺影に使ったのは、わたしの息子が小学校に入学するときに校門の前で撮影したもの。入学式に合わせてマサさんとあっちゃんが来てくれたときの3世代の家族写真だ。かれこれ20年近く前のもので、晩年に比べるとちょっと若々しすぎるような気もしたのだが、背広を着たその姿は仕事人間でもあったマサさんらしい姿だと思ったし、何より皆の記憶の中のマサさんそのままだった。
「あのネクタイ、お気に入りだったのよ」
あっちゃんもそう言うのだし、この写真を選んでよかったと思う。
『ご導師様ご入場です』
葬儀社の方の声が流れる。通夜が始まる。
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