2024年10月30日水曜日

翳りゆくひと。[063]


[063]

ごんっ。

ゴールデンウィーク前半の最終日の夜、わたしの自宅に鈍い音が響く。妻が慌てて隣室に走ると、同居の義母が自室でつまづいて転倒していた。
痛みを強く訴え、起き上がることもできなかったので、時間帯のこともあって救急車を呼ぶことになった。

その夜遅く、診断が下された。大腿骨頸部骨折。

義母はマサさんとあまり年齢も変わらないので、転倒すなわち骨折というリスクは常につきまとう。

手術は翌朝から行われたのだが、まさにその同じ時刻、さくら老健からわたしに電話がかかってきた。

『お父様が今日、トイレで転倒されて』

重なるときには重なるもの。
一瞬悪い想像をしてしまったが、幸い膝をついた程度で、湿布で経過観察しているとの報告だけだった。驚いたが、大事なさそうで安堵した。

とにかくホームへの入居まで、何事もないように。そう祈るばかりだった。

ちなみに義母の手術は無事に終わり、リハビリ病院への転院を経て、2ヶ月半後には杖を使いつつ自力歩行ができている。こちらも寝たきりなどという事態にならずに済んで何よりだった。

そんな間にも、わたしはマサさんの業界団体やらOB会やら何やらの退会申請、年会費の取り扱いの確認、郵便物の停止依頼など、諸々の手続きもこまごまと行っていた。
退会申請に対して、ご丁寧に「長い間お世話になりまして」などとわざわざメッセージをくれた方もいた。マサさんのこれまでの人生に思いを馳せる瞬間でもあった。

そしてゴールデンウィーク後半。朝起きると妻から言葉をかけられた。

「昨日の夜、お母さんから電話があったよ」

わたしがすでに眠ってしまっていて電話に出なかったからだという。

「『もう少しここにいたい』って。もう引っ越しの申し込みはしたと聞いてるけどって言ったけど、あまり刺激するようなことも言えないから、電話させますねって言っといた」
「わかった、電話するよ。でも、電話したこととか、忘れちゃってるかもしれないから、少し後でかける」

少し時間をおいてから折り返したが、案の定あっちゃんは引っ越したくないと電話したことはまったく覚えていなかった。

「引っ越ししてマサさんと一緒に暮らせるまで、あと1ヶ月ぐらいだからね」

わたしの言葉に、この日はとても納得したような感じだった。
物忘れを利用したようなやり口で、わたしの中には罪悪感もあるのだが、それよりも前向きに老人ホームへの入居に向かってほしいという気持ちのほうが強い。

その入居に向け、SS社のイワキさん、グッドライフの相談員ミズマキさんから相次いで、ホーム側との面談の日程が確定したとの連絡が入る。

マサさんが5月10日、あっちゃんが15日。

マサさんはさくら老健での面談なので何も心配ない。
あっちゃんのほうは、ながいきセンターのセイコさんが同席してくれることになった。

この面談を経て、ホーム側での入居可否の判定、それが通れば入居日の確定と進んでいく。いよいよだ。

062<[翳りゆくひと]>064


0 件のコメント: