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あっちゃんちから戻った翌日の昼、仕事中のわたしにあっちゃんから電話がかかってきた。
『マサさんがいるのってグッドライフってところ?』
当然ながらマサさんは「さくら老健」に入所中だ。グッドライフはこれから入居する老人ホーム。
「違う違う。今はまださくら老健にいるよ。グッドライフはこれからふたりで住むところだよ。昨日入居の申込書書いたじゃない」
『そうなの?なんだかわからなくなっちゃって』
「マサさんの面会、無理して行かなくていいから。スタッフさんたくさんいるから心配ないよ。どうせもうすぐ一緒に暮らせるし」
入居予定の老人ホームの名前を覚えていないのはまだいい。もう半年以上もマサさんが入居している老健の名前がわからなくなっているというのはかなり衝撃的だ。
おそらく、昨日わたしがテーブルの上に置いてきたグッドライフのパンフレットを見ているうちに、記憶が混乱してきたんじゃないだろうか。その混乱した情報で再構築してしまった結果ということのような気がする。
いずれにしても事前に電話をしてきてくれて助かった。この状態でもし出かけていたらと想像すると背中に冷たいものが走る。迷子になりでもしたら本気で困る。
さらに言えば、マサさんの面会に行くという行動が習慣として定着はしていなかった、つまりはもうずいぶんと面会には行っていないんだろうということも想像できた。
この件での心配もあって、夕方改めてわたしからあっちゃんに電話をかけた。
もっとも、マサさんのいる場所はわかる?などと聞くつもりはなかった。
「もしもし、今日はどうしてた?」
『ごろごろしてたわ』
「そうか、ゆっくり過ごせたなら何よりだね」
ヘタに外出してなかったということにひとつほっとした。
「今日の晩御飯は?」
『何か出来合いを買ってこようかと思ってるんだけど』
「そうか、買いに行くときにね、今日燃えるゴミの日だから、玄関に4つまとめてあるけど、それ捨ててほしいんだ。もう出していい時間だから」
『わかったわ』
「余裕があれば、ベランダにあと2つあるんだけど」
『3回ぐらい行けば捨てられると思うわ』
「大変だと思うけど、玄関のやつは生ゴミも入ってるから絶対に今日捨ててね。忘れちゃうといけないから、電話切ったらすぐに行ってね』
何とかゴミは捨てられただろうか。
もちろんゴミの件だけじゃない。
とにかくあと、おおよそ1ヶ月。
老人ホーム入居まで大過なく過ごしてほしい。そう願わずにはいられない。
その1ヶ月を乗り越えるため、「今日は燃えないゴミの日だから」「今日はクリニックに行く日だから」と、わたしにしては珍しく、細かく頻繁に連絡を入れ続けた。
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