2024年12月26日木曜日

翳りゆくひと。[072]


[072]

マンションに戻ると、みぃさんが保険関係の書類をひととおりまとめ終えてくれていた。内容は後日改めて確認することにしてわたしの自宅行きのダンボールの中に入れ、そして意を決してふたりでゴミ、特にダイニングテーブルまわりに放置されている食品類をゴミ袋に入れ始めた。

あっちゃんがソファに座ってのんびりしているのをいいことに、何を確認するでもなく「これは捨てる」と一気に作業を進めた。
テーブルの上の食べかけや賞味期限切れのパン、買ってきたまま置いておかれたようなプチトマトをはじめとした野菜類・・・燃えるゴミの袋が次々に増えていく。

一方で賞味期限に余裕のある加工食品類もいくつか出てきた。

「これ、まだ食べられるからもらってくね」

レトルトの食品とか紅茶のパックとかカップラーメンとか。こちらも出てくる出てくる。
特にお湯を入れるだけのカップ味噌汁は、10数個も同じものが在庫してあった。
記憶によれば、この某料亭の味の味噌汁は、近所のスーパーの総菜コーナーに置かれている。料理をするのが面倒になったあっちゃんが総菜と一緒に都度都度買ってしまったんだろうと想像する。家にあることは考えずに。笑い話にもならない。

あっちゃんが飲み続けていた野菜ジュースも買ったままの24缶入りの箱が2つ見つかった。箱が開いてるのはホームに持ち込む荷物に加えるとして、未開封のものはもらってしまおう。
わたしの自宅行きのダンボールは食材だけで3つになった。

やがてダイニングテーブルの上はきれいになった。
その状態を見てもあっちゃんはテーブルが片付けられたということに対して何かコメントをすることはなかった。気づいていないというほうが近いかもしれない。
やはり自分の周囲以外は認識してないんだろうな。

普段は座る人のいないダイニングチェアの上からは、本来は飲み終えてなければならないはずの処方薬もたくさん出てきた。クリニックへはおよそ1ヶ月ごとに通院しているはずで、数週間分が残ってるだけなら理解はできるのだが。

「薬、たくさん出てきたよ。やっぱりときどき飲み忘れてたみたいだね」
「そんなことないわよ、毎日飲んでるわ」

飲んだ飲んでないの話をここで言い始めてもしかたがないな。

薬は当然ホームに持ち込むべき荷物のリストに含まれている。余剰分は引っ越し荷物のダンボールのほうに移動させた。入居当日朝までの分には、25日夜、26日朝、とみぃさんが付箋を貼り、広くなったテーブルの上に並べてくれた。
そういえば日々の薬については以前ながいきセンターのセイコさんが壁掛けのお薬カレンダーを用意してくれていた。確かにそのカレンダーは今も壁に掛けられてはいるが、何ひとつ薬は入れられていない。これもただの風景になってしまったのだろう。

そうこうしているうちに、すっかり夜になってしまった。ただゴミを片付けただけで、結局あっちゃんの荷物の準備は何ひとつ進まなかった。

「そろそろ夕食にしよう。隣のお好み焼きはどう?」
「あそこのレストランもあるけど」

そのレストランはずいぶん前に閉店している。もちろんあっちゃんは知ってたはずだけど。

「あそこまで行かなくていいよ。今日は近くにしよう」

去年の夏、ちょうどマサさんがさくら老健に移る前の日にここであっちゃんと食事したな。あのときはマサさんのことばかりで、あっちゃんのことまで気が回らなかった。後悔してもしかたのないことなのだけれど。

3人での、文字どおり和やかな夕食を終えていったんマンションに戻る。
明日の午前中にはホームに持ち込む荷物をなんとかまとめたい。

「片付け、今日はここまでにしとくね。明日朝また来るから、薬しっかり飲んでゆっくりと休んでね」
「泊っていけばいいのに」

この足の踏み場もない家のどこに寝れるっていうの。苦笑いしながら、わたしとみぃさんはマンションを出て、予約しておいたホテルに向かった。

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